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ここでさよなら地球は林檎 −印度の旅から− 陽の溢れるまち 俺は坂道をゆるゆると降りてゆき ちいさな突堤に至る 熱い石のベンチに座り ささやかに飛び散る波頭を 幻の尺度にあわせて拡大する だがそれもきょうまでのこと あすは 象の大きさの大陸へ幾万由旬の遍歴 荒れ果てた尺度をふるって 森羅万象を掌に集成し 水晶の壺を奪う そうして何もかもそいつに封じ込め 絹の糸で腰に結ぶ 透明な壺の中で革命政権が倒れ 砂漠はだんだん大きくなる いくつもの恋いくつもの風 俺の歩みにつれて壺は揺れ 唯一の太陽がその表に輝く I 印度亜大陸の旅の七日目、ニューデリーからマドラスへ向う急行列車の中で、腕時計がこわれているのに気がついた。それをちいさなリュックサックに投げ込み、外を流れてゆく老齢の大地のひろがりを眺める。時計をなくした俺の旅は祝福されよ! 列車の屋根に座って旅するひとの影がいくつも赤っぽい土の上に落ちている。乗客たちが俺に笑いかけ、ひと握りの豆を差し出す。俺の髪は油煙で汚れている。外の強い日射しから目をそむけて、俺をみつめるひとびとの語りに耳を傾ける。我々は故郷へ帰るんだ、出稼ぎの日々は終った。あしたの朝、南の俺たちの村がきみの前に現われるだろう。きみはどこから来たか? どんな目的で、きみは旅しているか? 汽車旅の二度目の夜が明けると列車は湿った空気の中を走っていた。緑の平原のそこここに椰子やバナナの木が見られる。水田にはサギ。サボテン、黄色いトンボ。灌漑用池。虹が遠い地平から立ち上り雲の中に消えている。川で洗濯している女たち。真赤な郵便車が緑の風景の中を水平に走る。南……俺はつぶやいてみる。 何かおおらかなもの、やさしい感情の場所。十歳の頃蝶の幼生を育てたことがあった。幼虫は何回かの脱皮のあとそれまでと見違えるような緑色のなめらかな姿に変わり、頭を上下にゆっくりと振りながらサンショの葉を食べていた。あの幼生だ、濃緑色の混沌を薄い表皮で危うく包み、止まず瞬間を食む巨大な姿が流れゆく風景に重なる。 「南」へ来たのだ。追い込められた印度のひとびと、ドラヴィディアンとの身勝手な邂逅のために。だが俺の側にどんな準備があっただろう。湿った午後や失なってもいい私恨、もろもろのちいさなできごとが俺の出発のための脆弱なバネだったのだ。ムガール帝国の最大領域と、その南限。ドラヴィディアンの領域。幾枚かの歴史地図を覚えている、それだけのことだ。そしていわゆる印度的世界は広げた俺の両腕から溢れ出て熱い雨や砂嵐を伴ないながら遙か西方の乾燥した高原や北方の氷雪の高みにまで達している。 俺がまずたずねようとしたのはその広い印度的世界の最南の一地方で、その場所については何も知らないまま印度共和国のいくつもの大州を縦断して到着したのだ。そこは南印度の巨人、中央政府と対峙する「南」最大の拠点、植民地の時代の人工の夢、マドラス。南印度の富を集約して「南方鉄道」のこまかな網の目の上に君臨し、ベンガル湾を隔ててマレー半島やスンダ列島に熱い視線を送るタミル・ナド州の州都。ニューデリーから四十二時間、二千百八十八キロメートル。 マドラス。この南方の大都会を歩いて、俺は着実に衰えてゆく。曇天の下で、まず濃密な大気が俺を包む。そうしてまちの毒々しい色彩が莫大な水量となって俺を溺れさせようとする。裏町は暗く、汚れた壁の間を歩いてゆくとあらゆる死角からみつめられている気がする。実際、そこにはいくつもの目があるのだ。それが決して的を外さぬ狙撃手のように俺を追っている。俺はそれを無視することができず、対峙することもできず、初めての神経戦に日々敗けつづける。食事をしても同じだ、俺は四六時中数えきれない目に追われている。 なまなましい生が、ひとを含めた生きものがまちに満ちている。痩せた牛たちは俺にとってほとんど唯一の安息である慈愛に溢れた瞳をもっていて、一対の大きな角がゆるやかな曲線を描く。彼らはたとえば山のように素焼きの壺を積んだ荷車を曳いていて、時には苦し気にペイヴメントをたたき、ゆるやかに頭を振る。 汚れ切って卑屈な犬たちがいる。彼らはひとと目を合わせるのを恐れ、そのうえしばしば棒で打たれ追われる。黒びかりする翼と大きな嘴を持つ猛々しい鳥の群がいる。彼らは優勢な種であって、決して飢えてはいない。残飯に夥しく群れ、騒々しく鳴く。 水牛は地を這うかのようにゆっくりと歩む。彼らが差別された種であるという印象をとり去ることができない。彼らは濁った瞳をして、その光った鼻面を槍のように押し立てつつ歩く。彼らが強いられてことばを奪われた種であるという印象をとり去ることができない。黒々と光る皮膚を持ち、蠅がその背のあたりに群がっている。彼らの尻の方に廻って両手を一枚の皿のようにつくり、泥の色した糞が迸り出るのを待つ。貧しい子らがそうして糞を集めるのを見たことがある。それを壁に貼りつけて燃料にする。俺にはできない。俺は食堂の椅子に座って単にそんな映像を思い起す。すばらしい世紀だ、すばらしい旅だ。 まちは、その全体は直線が欠除している。どの線もひとの手で描かれた線のようにふるえている。曇天の下のすべての色が濁っていて、それが汚れて朽ちかける。まちの全体がゆらめく蜃気楼のようだ。悪い香りに似たまち。まず俺が思ったのは熟したマンゴーが腐りかける瞬間のことだった。まちは腐敗しかけた熱帯果物。その中に密集する蟻……俺は吐き気を感じる。 彼らの湿った掌がいつも俺に触れている。彼らの肉体が俺を包む。熱帯の寄生植物にとりつかれたように感じる。芥の浮くドブ川のように俺は停滞し、逃れようのない「南」の大気を吸いつづける。亜大陸の最南の岬ケープ・コモリンの風が思われ、閉じ込められた小部屋の窓を押し開けるようにしてその場所への脱出を願う。 安宿のひどくちいさな窓、多くの場合そこには鉄格子が入っているが、その内側の小部屋は暗く、かつての俺のどんな感覚からも遠い緑や青のペンキで塗り上げられている。そんな小部屋がしかし俺の安息の場であり、時折り天井を這いまわるハ虫類が不愉快でない友人であることもまた事実だ。空も土も、俺の活力に対峙して、勝ちつづける。十月十三日、最高気温摂氏三十三度、最低気温二十三度、雨量二十二ミリ、湿度百パーセント。 ベンガル湾の水を見たいと思った。川沿いの道の対岸をみこしのような神の行列が太鼓を響かせながら海の方へ動いてゆく。ひろい砂浜の向うに暗い海がある。素裸の子供たちが波間で叫んでいる。陸軍の兵士たちに会った。浜辺に立って海を見ているひとがたくさんいる。兵士たちは言う、きょうは日曜、休日の夕暮れ彼らは浜に出る、それがとても楽しみなことなんだ、と。雨が近づいてくる。我々は逃げ、砂浜を一直線に走る、遠くまわるちいさな木製のメリーゴーラウンドの傘の下へ。雷雨が轟く。 彼の母親は心臓病で死んだ。ビルマを軍事政権に追われてマドラスに戻って来てから、だ。学生だった彼は今胃腸を病みひどく貧しい。テーブルの向うで衰弱した肉体が訴えている。その唇がきょうを呪うことばを吐きつづける。俺は動揺し、一方でどこまでも冷えてゆく半身を感じる。お前は嘘をならべているのか? 彼は言っている、もう何日も飯にありついていない、すこしだけ食わせてくれないか。俺の目に印僑の一家族の運命が長い手紙のように映る。お前の言っていることは本当か?湿気に満ちた室内で俺ひとりが氷雨の中に立つ。棘のこころで俺は鎧っている。彼はのろのろと去ってゆく。彼のことばはほんとうだったのか? 旅行者相手のこづかいかせぎだったのか? 彼の死亡は近いか? 俺のからだは重い。 彼は運転手の仕事をさがしに、ケララ州カリカットから「南方鉄道」でやってきた。仕事はとうとうみつからなかった。彼は窓ぎわに座って通りを往来する人力車の群を見ている。失業者ばかりの、美しい故郷へ帰らなければならないだろう。黒く光る肌と、もの静かな瞳を持つ彼。 きらめくくにから来た。どんな竜がそこにいたというのか。そこいらじゅうに深みが欠けていた。ひとびとの只中の年ごとの野垂れ死に。どの年も砂礫の原や不思議な樹木、港町や城砦は俺の想いを焦がしていた。十の夏が犬死にしたあとで投げ与えられた枠つきの自由があり、そこへ俺は落ち込んだと言っていい。俺は思ってみる、幽閉された嵐、やさしい皮膚のうえの。死者に花の種を置いて生きてきた、そんなきのうに唾。 夜、屋上に立つと隣家の屋上ではローソクに照らされて若い母親がこどもに英語を教えていた。彼らの向うには津波のような家々、きらきらと明りが見える。 印度はよく発達した鉄道網を持ち、巨大な蒸気機関車やディーゼルのそれが広軌の鉄路を駆ける。鉄道の旅は楽しい。それに加えて、このくにのあらゆる場所に夥しいバス便が提供され、それが鉄道の旅以上に彼らの生活に分け入ってゆく手段だということを俺は教えられた。鉄道のみの示された俺の地図に、すると、網の目のような道路が浮び上り、窓ガラスのない鉄製の大きな乗合バスが走りはじめる。 俺は旧仏領のポンディチェリーへ行こうとしていた。少年はバスの切符を買い、満席の乗合バスの最後の乗客として俺を押し込めた。白人のような風貌の運転手のそばの座席にちいさくちぢこまって座った。その初老の男は英語を話さなかったが少年は彼にこまごまと俺の旅程について話しているようだった。そのバスは俺の目的地へは行かない。乗客の皆が溢れる好奇心を以って、しかし話しかける者もなしに俺を見ていた。そして、出発だ。まちはずれで、バスは葬列を追い越した。バナナの葉につつまれた死者が運ばれてゆく。彼の閉じたまぶたの上には金色に輝く丸い金属片が置かれていた。 そんな映像も一瞬のこと、バスはくねくねと水田の中の細道を縫いいくつものまるで髪の毛のような小川の群れを越える。あたりが暗くなった。途中から乗って来たあざやかなサリーの女たちの黒い濡れたような髪に飾られた白い、或いはオレンジ色のちいさな花々がよく匂う。……バスは突然暗い路上で止った。運転手が手招きしている。運転席を乗り越えて、ちいさな扉を開けて道に飛び下りる。ほどなく、大型のヘッドライトが近づいてくる。このバスに乗れ、とやさしい目が言っている。 ひとびとは親切だ。きみはいなか町のバスターミナルに行く。ちいさな荷物の上に座って地図を拡げているきみのまわりにひとびとが遠慮がちに、やがてがやがやと集まってくるだろう。きみは彼らに尋ねる、たとえば「マデュライ!」と。彼らの間にまちの名がひろがる。するとひとりの少年が息を切らして駆けて来て教えてくれる、マデュライ行きのバスが出るから急げ! と。 一、二時間も走れば、きみのバスはちいさなまちの広場に着くだろう。果物や砂糖菓子、長イスの上での一杯のミルクティー。ニワトリや卑屈な犬たち、もちろん牛やリス。きみは豊かな、しかし騒々しい休息を楽しむ。荷物を盗まれることを心配するなら持って下りればいいが、きみのちいさな荷物など失ってもいいだろう。バスの中では誰かが冗談を言ってどっと皆が笑う、ちょっとした悪事を働いた男が警察の前で下ろされる、踏切で降りた運転手は列車が過ぎてもなかなか帰って来ない。 まちの広場でのもうひとつのこと。彼らはひとの集まる場所でもの乞いする。或る村の広場で、その男はもの乞うていた。彼の両下肢は針金のように細く、それを足首で交叉させて背に負い、片腕はやはり針金のようで、ただひとつ健康なたくましい片腕でからだを曳いていた。彼は赤い乾いた土の上を這い、呻いては物乞うていた。ひとびとはそれを見て笑ったり追ったりしていた。バスの窓から俺は見ていた。 両足全部のない男、両手両足のない男。ふしぎに男が多い。彼らのうちのいくらかはバスの中に入ってくる。乗客の中で金をやる者がいる。或る男は、バスのステップをようやく上ってくると手製のちいさな楽器をとり出し、その短かい弦をつまびいて悲しげな唄をうたった。彼は盲目だった。或る物乞いは単にバスの狭い道路を這っているだけだった。バスのそばに寄って来て怒りと共に鉄製の車体をたたく者もいた。どの日も広場の土は赤く、埃が立っていたと思う。 (樹木のような男に会った ひとかかえの幹のような膨れた下肢に白い布を巻き しっかりと棒にすがった大男 血の色を見せて雑踏をみつめ ひとびとの頭上に抜きん出て 窺い得ぬ地平を占有する キャベツの中の腐肉 黄金虫の背負う書物総索引 血管に縛られて少年期を思う きょうに至る日々を食い 萎えた果実衰えた森を食い 彼の下肢に跳梁する夜の獣たち) 街道はすばらしい並木に守られている。そのどれもが他に似ていない。それぞれが何百年の人生を送ってきたような老いた樹木の隊列はその間を走り抜ける俺たちに濃い影と陽光をつぎつぎに送ってくる。光と影が限りなく交代する。バスよりも高く乾し草を積み上げてきしみながら行く牛車をしばしば追い越す。車窓に乾し草とその匂いが満ちる。そして、徒歩のひとたち。ゆっくりと老樹の影のひとつひとつを過ぎてゆく。そんな一瞬のめまいのような映像、ひとの遠景。そればかりがやさしい。いなかまちで思っていた、帰らぬ旅のこと。生涯旅して見知らぬ植物と食物に埋もれて死んでしまうこと。俺の死亡がすこしのひとの記憶に留められ、語り継がれて伝説となってはばたくこと。夜ごと、衝撃的な青空はいつまでも青く、白い雲の白さは不吉だった。 その村に着いたのは、オレンジ色の空に熱帯樹木のかたちが黒く刻まれる時刻だった。都会の悪い日々から逃げ出して、空いた列車の車窓からの風景を深く呼吸したのもつかの間、俺の投げ込まれたのは日の暮れた村の暗い辻だった。闇の一部となった男たちが歩いている。遠くで線香花火のように見える裸電球のいくつか、あの辺に食堂があるだろう。 (四ツ辻に来た 深く息をつき裸電球の一叢へ身を投げる! 俺は敵ではないしましてこの夜の使い走りではない きょう俺の萎えた四肢をすこし休ませる長椅子がどの軒の下に用意されているのでもないが 夜通し辻に立ちこの村の気弱な夜警をかって出るのは御免だ 黒いかたまりになって彼らがみつめているのは誰も知らぬ場所からきた痩せた男 夜の青空の下で歩き出す方角を按じている) 村。俺は緊張する。かげのようにして旅してゆきたいと思っていたが、それは俺には無理ではないかと思いはじめる。ひとびとは俺をみつめ、ひそひそと話しあい、指差している。俺は村の十字路にぽつんと立ちどまり、ゆっくりと見わたす。ローソクの光の見える暗い店が恐らく俺の探す場所だ。ことばは通じない。俺の影が壁に大きくうつり、こまかに揺れる。我々は和解できるのだろうか。恐らく俺ばかりに原因がある。俺ひとりが不安を育て、それが不吉な花となって開くのを願っている。何か巨大な生き物の胎内を俺はめぐり、かつて俺自身が生んで離さずに生きてきた毒をこの場所で連続して吐きつづける。深い闇の中で差し出した手が俺の過去のあらゆる死亡に触れる。この場所の緊迫と閉塞はすべて俺の生んだ幻に違いない。 タミル・ナドのヒンドゥー寺院の塔門(ゴプラム)は或る時は不思議な花をも思わせる。やわらかく燃え立つかげろうのような石の花。絶対に青い空がある。石畳みの上をはだしで、熱く焦がされながら近づいてゆくと巨大な石づくりの牛の見つめる先にそびえる塔がある。彼はしかし頭を少しかしげて視線を右に反らしている。或る男は、それは鼻息が神にかかるからだろうと言った。 塔の壁面はすべて神の像で埋めつくされている。ほほえむ神、威嚇する神。そのような尖塔をもたぬ寺院でも塔門に於ける彫像の氾濫は我々を一瞬動揺させるものがある。異様な神々。ヒンドゥーの神々の数を俺は知らない。しかしそれらの塔の壁面を埋めつくすほどの神々の創造とその維持とはあまりにも壮大な消費、めくるめく停滞ではなかろうか。時と精神とを食って育ち自己を拡大しつづけ、極限の盲目地点にまで疾駆する思想、その維持のために偉大な停滞をくずさぬひとびと。インカの神官のことをちらっと思う。 内部には闇がある。そのことは俺には判らない。外部というものは常に説諭であるのだがこれらの像もそのようにあるのだろうか。説諭の原理が最終的な謎を残すことにあるのなら、それらの像は確かに或る価値を持つ。 タミル・ナドの平原に点在するまちまちを巡る乗合バスの客となり、まちのひとびとに悪酔いして風景の豊かさに逃げこもうとしていた時、ヒンドゥー寺院の遠景はすてきだった。このあたりにはいくつもの岩の残丘が平原に長々と横たわり、鯨の背のように見えるのだが、或る残丘の上には寺院のような砦のような建造物が見える。それは唐突な在り方だ。そしてまた、はるかにバナナや椰子の林がひろがりその梢のうえにそびえ立つ黒くよごれたゴプラムの台形のシルエットがちいさく見える。それはなつかしさと戦慄の混りあった奇妙な感情だ。このあたりでは垂直性を主張するのは石の塔だけだ。闇をつくり出すのは石の建築物だけだ。 ところで、ヒンドゥー寺院をめぐって、ひとびとがいる。寺院で彼らは昼寝する。そしてもちろん、祈る。夜の闇にまぎれて忍んでくる男女がいる。ある青年は、どの家もちいさくて子供がたくさんいるから夫婦の生活なんてあったものじゃない、それだから彼らは夜の寺院を利用するのさ、と言った。彼らはまた巡礼の旅が好きだ。幾十日もかけて聖地を巡る。その旅は宗教的な目的を持つと同時に慰安の旅であり、成年に達しようとする若者たちにとってはいくつもの言語と慣習の土地の旅を通じての自国の学習の旅であるらしい。そう彼らは言っていた。 俺はどんな専門家でもないということ。いくつもの寺院の回廊を巡り、熱い石の上を歩いて、しかし俺には高いところにどっしりと座った神の像にとまった鳩の様子がいつまでも気になっていたりする。 道が尽きるのがわかった。海は見えない。しかし道は少し上り坂になって南へまっすぐに伸びていた。あの坂を越せば海が見えるだろう。突然左手に白いキリスト教会が現われ、そのむこうに緑がかった海が開けた。 印度最南の岬、ケープ・コモリンにそうして到着した。マデュライから六時間、二百三十キロのバスの旅は赤い大地を駆ける。無愛想な草の原、なめらかな岩の上、陽光が踊る。西ゴート山脈は遙か西方に霞んで姿を現わし、南下するにしたがってその荒々しい山容を明らかにする。そうしてティルネルヴェリ、激しく青い空赤い大地の熱いまち。ここから南はまばらな草木、ずんずん近づいてくる山塊。あたりは砂漠のようだ。 西ゴート山脈は古い竜の背骨のようにして高度を減じ、印度洋に消えるのだがその骨と骨の狭間をすり抜けてバスはナガコイルに達する。風景は水田地帯へと変り、椰子の林を見る。そうしてカニヤクマリ、この岬の小村には涼やかな風。白い家々、茶色の屋根瓦。岬は石斧のように鋭い三角形の土地でゆるやかに印度洋に没している。沖の露岩の上にはヒンドゥー寺院がある。波打ち際にひとびとが立って夕陽の沈むのを見ている。サリーが透けて見えて、ひどく海風になぶられている。フカの背びれの形した黒い帆の小舟が次々に帰ってくる。 時間が判らない。白い部屋で目覚めて宿の屋上に上り日の出を見た。菜食主義者の食堂で朝食。部屋に戻って眠った。からだが心地よくだるい。幾度か目がさめ、その度に窓からは青空だけが見える。 海を見る他には、ここではすることが全くない。その海は浜辺から水平線に至る間に茶色がかった緑から濃い青色まで微妙に変化する。遙か北方には西ゴート山脈の岩山がある。 夜、こどもたちの唄うのがきこえる。北極星がずいぶん低く見える。 光と風にさらされる。海のそばにいることがまじないのように心をなごませる。過ぎて来たタミルのまちのどこにも安息はなくバスの窓から見る自然だけがすばらしかった。 ここはこのくにの観光地のひとつで、なによりも俺を見る目の存在しないことがすてきだ。まちの通りに夥しくしゃがみ込んで俺を見る男たち、彼らが唾を吐いたりする仕草がどこまでも不愉快だ。群衆を憎む……それが俺の疲労の原因だったと思う。 「浮遊する物価」が苛立ちのもうひとつの原因だ。彼らの物価にはいくつものチャンネルがあり、例えば煙草やマッチを買うときでも俺は棘ばかりのこころになり、わずかな金銭をめぐるトラブルに腹を立てつづけた。 そうして、トラブルの数よりもたくさんの親和力に満ちたひとがいたことも事実だ。彼らは情熱的に助け、忠告し、教えてくれた。バスの乗客たちは俺から目を離さずに見ていることもあったが、その中で英語を話す男が間に入り騒音に消されまいとする大声での会話がしばしばだった。彼らは好奇心にあふれ、ついには運転手すらが振り返りはじめる……。 街道沿いの食堂での昼食、ヒンドゥー寺院の午後、いつもの俺の尋ねないうちに彼らが教えてくれる。時にはふたりの男が俺の質問に関して議論をはじめ、俺を置き去りに彼らの論争が果てしなくつづく。 だんだんにひとびとの行動を俺はまねはじめた。食事作法や唾の吐き方、特に俺に抵抗のあった彼らの行動をまねた。それが望ましいことだったかどうか自信がない。とにかく、ありとあらゆる日常をまねた。彼らの発音のくせ、会話の話題、座り方に至るまで、すべてをまねた。肩の力が抜け、日常がなめらかに動き出したのはそれからだった。但し、俺はそうしたことで有頂天になってはならないと思う。俺は俺の目に映る彼らのかたちをまねているに過ぎないのだし、そうした作業によってその場所にとけ込もうとする異邦人は道化のように見えることがあると俺は知っている。印度に限らない、どの土地のシンパサイザーである異邦人も、俺は唾を吐きかけたくなる。 遙かな距離の感覚は、時間の中でのひとりの変り様に由来するのではなかろうか。横浜、鎌倉、幾度かの鮮烈な旅を俺は経験したことがある。久し振りに曇り空がひろがっている。感覚の励起、その持続を俺は望んだがそれはいつも思わぬ一瞬に訪れる。愛だけならそこに旅があるに過ぎない。しかし憎しみが共に生まれるなら、そこに生活の萌芽があると言えないか。 俺の額にはりついて動こうとしない奴がいる。そいつが旅に出ようと言うから俺はさからうことができずにしぶしぶ腰を上げる……それだから逡巡があり不断の悔恨がある。納得ずくの機智、了解済みの風景の場所。 霞のもえ立つ火山列島から来た。四月の夜、不可解な旅の意匠が俺を誘ったのだ。それから日々が雪崩れた、商港の六月廃都の七月、疑いの八月断念の九月へ。暗い出発だった。俺は追われ、追い落されて印度亜大陸の十月の朝の光にさらされていた。 II タミル・ナドとケララの州境で、バンガロールから来た男が俺の方を振り向いて大声で言った。きみはこれからケララ州へ入る、と。ケララ、美しい緑の土地へ。彼は妻と娘を連れている。実直そうなさわやかな男。妻は痩せて神経質なかんじ。十六、七の娘は浅黒い皮膚、ふくよかで笑い顔が美しい。彼女はきれいな英語で話しかけ、ひとにぎりの砂糖菓子をくれた。こんなことはこのくにではめずらしいことだ。女たちは視線を避け風のようにすり抜けてゆくだけだ。そして彼女らはかなり横柄で、やさしくない。 ケララ、美しく起伏する土地、豊かな緑。バナナとその間に隠された水田。奇妙なことにまず、道が曲がりくねり起伏していることに俺は驚ろかされた。タミル・ナドでの日々、道は平原の果てへとひたすらのびていたことに気づく。常に感じていたひとの圧力が減じてゆき、目の追跡を逃がれたと知る。それは俺の側の変化かもしれないのだが。 ケララは緑の丘であり、海岸には椰子の林、丘陵地帯には水田とバナナ、西ゴートへの高まりに沿って、ゴム・プランテーション、山上には茶が栽培されている。森の中に見えかくれする俺のくにと見紛う農家の壁にはしばしば鎌と星が描かれている。ここは赤い州でもある。ムガールの手から逃げおおせ、多くの知者を輩出した異神の土地。かつての大航海時代にはいくつもの良港を提供した。たとえば、カリカット、コチン。 ケララの男たちの服装の基調である白は実に鮮かだ。彼らの一枚の布でできた腰巻きも白が多い。或る時はそれを着流して足首にまで垂らし、或るときはいきにたくし上げてせわしく働く。このドティーを扱う手つきが男たちの動作の基本だ。 女たちの髪は漆黒。彼女らがうしろ髪に飾りつけている生きた花の白や薄黄色の色彩とその香りはすばらしい。女たちのサリーは最も美しいひとりと最も醜いひとりにふさわしいと俺は思う。 この亜大陸のどの地方にも共通しているひとびとの姿、それは木陰にやすむひとのそれだ。このくにでは木々は必ずちいさな葉を星の数ほど重ねて濃密な影をつくり出す。その光と影の美しさはたとえようがない。この地方では、空の色木々の色そして赤い土の色、いつもこの三つの色がある。そして木陰。今俺に見える印度は木陰の彼らだ、木陰で午睡する動かぬ彼らの姿が俺にとっての印度だ。もう彼らを黒っぽい皮膚を持つひとびととして感じることができない。あらゆる日常に慣れ、自分の人類学的特徴を忘れる。彼らが見えないように、俺自身も見えない。 西ゴート山脈へ。それはちょっとした気まぐれからだった。 ケララの州都トリヴァンドラムを出たバスはゆるやかな丘陵地帯を過ぎる。丘陵は岩がち。丘と丘の間の低いところは池のようにひそやかな水田でその周囲には椰子やバナナが植えられている。注意深く手の加えられた土地。そんな場所をしばらく走ると視界が一気に開ける。目の前に立ち上がる岩の峰へ向けてバスはつづら折りの細い道をゆっくりと登る。 針葉樹が現われ、シダ類が見えてくる。緑が暗くなる。寄生植物。丈の高い木々の密生する急斜面を登り切ると辺りはゆるやかな茶畑に変る。茶を栽培する労働者たちと大きな米袋を持った美しい娘が降りるとバスは俺ひとりをのせてロウアー・サナトリウムと呼ばれる場所へと草ばかりの斜面を横切ってゆく。そこに孤立したバンガローがある。 俺に与えられたのは四つの部屋三つのベッドのある一軒家。夜中に何度か目がさめるたびに隣のベッドに白い服の太った男が寝ていた。彼は次の晩にも現われ、さすがに不気味だった。宿のひとびとに話すと彼らもひどくこわがった。そんな男はここにはいない、と彼らは言った。 クイロン、駅前。バスが進めぬほど夥しいひとびと。彼らの白い上着やワイシャツ、ルンギーと呼ぶ腰巻き。 ……ケララで最も人気の高い映画俳優がこのまちに来た。ひとびとは興奮している。俺は夕食を食べたいが作る人間はいない。遠く明りが見え、ラウドスピーカーが叫ぶ。そうしてジープの先導する長い行列がやってくる。激しく打ちすえられる太鼓、そのあとから男女のラッパ手たち、恐らくこのまちの警察署長。十分に太った彼は最大級の威厳を以って部下を指揮している。そのあとから、このまち挙げての大さわぎの主役である著名な男優がトラックに乗って現われる。商店街の顔役といった感じの男たちが次々に花を贈る。彼が過ぎたあと、まちは嘘のように暗くなり、ひとびとは去る。俺はようやく菜食主義者用定食(野菜カレーと飯)にありつくという訳だ。 このくにでは映画は最大の楽しみのひとつだろう。ちいさないなかまちにも映画館がある。タミル・ナド州のある村で見た映画はこんな筋だった。ある村で作家になりたいと思った主人公がマドラスに出てゆく。古い友人にだまされたりしながらも彼は最後に有名になり、友人は改心する話だ。この地方独特の丸みのある、肉厚の熱帯植物を思わせる音楽が満ちている。主人公も、彼との結婚を暗示させる女主人公も、ふくよかだ。彼らの美の基準なのだと思う。果てしない会話がつづく。女の語りは小鳥のさえずりのようだ。 彼らのことばは第三者に向けて開かれ、聴衆の意見が彼らに働きかける。それは或る種の競技であり、名誉を争い、正邪を人々の目の前で明らかにする古典的な詩の場所が現出する。こころと思想が強い線で縁どりされ、他者に開かれているということが衝撃を送ってくる。論争がそうして詩となり、唄となって舞踊に転ずる。そのあまりのなめらかさが俺を酔わせる……彼らは俳優であると同時に優れた舞い手であり唄い手だ。詩が唄であり語りであってそれは伝統的な旋律を要求するらしい。それは受け手を想定し、その受け手は心のうごきを体の動きに変えて応える。唄い出されたことばは体の動きに吸収されて時の流れにまぎれる。大衆への語りかけと、彼らの支持。そして名声。タゴールが作曲家でもあったことを思い起す。 バスは海に沿って走った。浜には漁網が干されていたりする。まぶしく白い砂が、椰子の林の中できらめく。あれがアラビア海、密貿易者の道。イベリア半島からの帆船の幾隻もの姿が望まれた時代は遠くない。ケララの主産物でありその風景を特徴づけるココ椰子、ゴム・プランテーション、バナナ、それらが強いられた産物であり景観であることに俺は気づかない。英国の収奪が肉体から直接血液をしぼりつづけるのに似てすさまじいものであったことを俺は知らない。英国人たちははじめ交易を営んだのだった。そして彼らの交易は大きな利益を保証していたのだった。欲望は制限されない。弱々しく豊かな亜大陸を見る彼らの目はかぎりなくわいせつだったと俺は想像する。 緑深いケララのヒンドゥーの聖地のひとつであるそのまちに着いた夜、まちはひどく暗かった。ストライキで電気は止っている。俺の部屋にはローソクの光。銅鑼の音が遠く響く。神の象が帰ってゆく。銅鑼が彼らを送る。月が明るい。巨大な 動物が幾頭もゆっくりと歩み去る。 そんな眺めを俺は見ていない。俺は暗い部屋にいて、銅鑼の連打を聴いている。俺の部屋には若い彼ら。彼らはボンベイから来た。彼らは永い旅をして、自分の国のさまざまの地方を訪れる。彼らは苦渋に満ちている。彼らは統一言語の夢を語っている。それは、サンスクリット! 俺は彼らにこんな風に言えば良いのだろうか、決して明けぬ夜がある、と? そのことを俺は信じる。しかし彼らは信じない。彼らの明快で包括的な思弁を俺は嫌うが、俺が気がついたのは俺たちのくにに蔓延しているニュアンスに満ちた思弁の微妙すぎる在り様だった。骨太で、俺には直線的すぎるように思える思弁が、矛盾と絶望のるつぼでは有効なのだ……そうして彼らは死亡した言語の復活を夢みる。俺には、その言語がこの亜大陸のすべての土地で同じようになつかしまれているとはとうてい思えないのだが。 最も土着的で伝統的であるらしいこの濃い緑の中の聖地はストライキの暗い夜を迎え俺はローソクの火の向うの若い彼らと語る。 早朝、寺院前。結婚式を見る。屋根を四本の柱だけで支えたちいさなお堂の中ではだしの男女が花の首飾りを交換する。彼らはそのお堂の中を三回まわる。太鼓と笛の音が異様な興奮を喚ぶ。ケララのヒンドゥー寺院は木造で日本の仏教寺院に似た気分を感じる。木の文化! 屋根のかたちや梁の様子など、似すぎていると言って良い。エルナクラムで見たある旧家の庭には「鎮守の森」と池、石の祠があった。その家の主の話では、彼の祖先は三百年ほど前にネパールから移住して来たのだと言う。そして「狐の嫁入り」とか「天の川」の意味上の一致のこと。 半島のようにのびた細長い土地と陸地の間に隠された静かな湾があって、市街と対岸を結ぶちいさな渡し舟がある。対岸までの数分間、渡し舟の床に座った幼ない兄妹が楽器を鳴らし唄うたってわずかな金を得る。そのふたりが唄いはじめた時(ちいさな彼らは幾台もの自転車とか積み上げられた荷の中に座り込んでいてその頭上にはよく光る水面が見えていたのだが)そのうたはやさしく唄われたのではなくて噴き出したのだ。 ひとびとは聴くともなく聴いていた……何の変哲もない場所がめまぐるしく変転する場所へ、陽光だけがまぶしい対岸へゆらゆら揺れながら渡ってゆく小舟が無限の彼岸への渡し舟にと鮮かに変化してゆくのを俺は知ったのだ。 一本のタバコを灰にする前に、午睡の夢に似て着いてしまう彼岸。彼らは小舟の床に座って何回となくふたつの岸を往復する。彼らは同じ唄を繰り返すのだろうか。そうして幾月もが過ぎてゆくのだろうか。 ほとんど毎日、バスでの移動をくりかえす。長い距離を動いていきたい。点に於ける開示、そこでの認識への希求が、俺には失なわれている。そうしてあいかわらず一瞬の遭遇から生まれる幻の質というものにとらわれているようだ。 俺のくにでは決して見られぬゴムの林の何十キロもの連らなりの中を駆け、その全体に興味を失なっているのだが、林の中に幾筋となく流れる白濁した樹液のありさまが一瞬俺をつかみとるのだ。樹皮の傷を伝ってゆっくりと流れ落ち、半球状の器に落ちてゆく白い液体。いつもそうなのだ、相変らず俺は不可思議なことばを俺に告げる巫女を求めている。しかしどの場所でも俺自身は変転しない。俺自身が巫女なのかと思う時間がある。 ケララ、やさしい土地。俺はある受け入れ難いもの、あまりにも隔たった烈しい一群に出会うために来たのではなかったか? III マイソールを出はずれるとデカン・プラトーのゆるやかに起伏する大地形。俺には荒れ地としか見えないこの場所がしかしあらゆる機会に耕作の試みられた場所であることは明白だ。ほんのわずかの高みは草ばかりの領域であり低いところにはちいさな水たまりとあまりにも豊かに見える緑がある。日射しは強く、あたりは十分に乾いている。途中のまちでは大道芸人、ヒンドゥーの神の行列。老樹の下、豊かな木陰ではひとつの石から器を彫り出している職人。 そうして辿りついたちいさなまちにはすばらしいヒンドゥー寺院があった。しかしそれよりも、そこで会ったひとについて、語りたい。食堂で、ふたりの男が話しかけてきた。ひとりは髭面の、一見して回教徒とわかるたくましい男。もうひとりは殉教者を思わせるしたたかでやさしい目を持った男。彼らは仲の良い二羽の小鳥のように狭い椅子に並んで俺を見ていた。 彼らは名乗り、私はムスリム(回教徒)だ、私はヒンドゥーだと口ぐちに言った。彼らはここの高校教師。やさしい男は静かに語った、あなたの卒直な意見を聞きたい、あなたはさぞたくさんの不愉快な出来事に会ったことでしょう、私らのくにの悪しきことに。……彼らは職場である高校の職員室に俺をつれてゆき、教頭とおぼしき老人にひき合わせた。彼は言った。きょうこのまちに巡回監督官(?)がやって来る筈だった。接待しなければならない。それが中止になった。料理が余った。それできみを招待したい。きみは運がいい……。 我々は髭面のムスリムの男の家へ行く。恐るべき英語を話す男も一緒だ。彼に職を尋ねたら英語教師だと言っていた。ムスリムの男はウルドゥー語教師。回教徒にとっての国語だ。ちなみにここカルナタカ州の言語はカンナダ語で、彼らはそれを国語としている。ヒンドゥー語は共通語として学習する。そしてもちろん英語。その他に近隣に諸州の言語も……。 ウルドゥー語教師の家は棟割り長屋のような二階屋で二階に一室、階下は一室と台所。二階の床にあぐらをかき、我々五人の夕食。鶏肉入りの混ぜ飯のようなものだ。俺も手で食っているが別に気になることはない。もう一ヵ月もこうしているのだから。家庭の作法が俺に与える違和感は全くない。子供たちは神妙に料理の皿をもって上ってくる、彼らは見慣れぬ客に驚ろいているのだろう。この家の主婦は顔を見せない。 食事のあとの団欒。子供たちが唄をうたってくれる。俺が家を辞す時、彼の妻がわずかに顔をのぞかせて美しい英語で別れの、いや再会のためのことばを贈ってくれた。彼女は香港にいたという。恐らくは高等教育を受けたのだろう。そして今はウルドゥー語教師の妻として南印度のちいさなまちでひっそりと暮らしている。 宿に戻る。正確にいえばそこは宿ではなく、バス発着所にある茶店兼食堂の二階の一室に過ぎない。普段はそこに働く彼らのための部屋だが俺のように不注意な旅行者が宿を尋ねたりするとたちまち宿に変わることになる。深夜。給仕として働いている少年たち、恐らく十歳前後の彼らは就寝前のわずかな時間楽しげに騒いでいる。 まったく彼らは働きつづけているのだ。時計がないから判らないがたぶん零時頃、彼らは階段にうずくまってごわごわした毛布を一枚かけて眠りにつく……俺は翌朝五時のバスで戻るつもりだった。だから俺が起きたのは早朝四時半頃だったと思う。それからすこしして、階下でおやじの怒鳴る声がすると少年たちは目をこすりながら起き、毛布を投げるとそのままホウキを持って床をはきだした……。 ひとびと。印度のまちにはひとが渦まいている。彼らは懸命に働く。荷車を押すひと曳くひと。路上の物売り。菓子屋。金物屋。彼らは呼びかけ、叫び、議論し、けんかする。悪事以外考えられないような男がいる。その生存が危ぶまれるほどに清貧のひとがいる。ひとりひとりのうえに落ちる光と影とが無二の烈しさを持つ。 旅の途上で、例えばきみが道に座り込んで物売りの声に耳を傾けているときに誰かが話しかけてきたなら十分な忍耐を用意したうえで話しはじめるのがいいだろう。その男は大都会ならば多分サギ師で、心地よい規模のまちか或いはちいさな村だったら自分の過去のすべてを語るために近づいて来たに違いない。きみはそのまちに関する詳細なデータをたちまち得ることができる。あらゆる生活必需品の値段や政治の動向に至るまで。疲れているときはそれは理不尽な安息の妨害でしかないが、それでも多少の情熱をふりしぼるべきだと思う。彼らは俺が健康からずり落ちそうになっている時ですら、宿の部屋にまで侵入して来て話しつづけた……それは「人間の研究」の押し売りだ。 彼らは騒々しく土足で俺のくたびれはてたこころの小部屋に上り込んで来て専ら自分の興味の周囲を全力疾走する。そして一杯のチャイをおごってくれ、善意を紙屑のようにまき散らしながら唐突に帰ってしまう……それでも彼らには感謝すべきだと思う。それが彼らの流儀なのだと思う。深夜のバス発着所で、村の茶店で、列車の中で、彼らとどれほど話しつづけたことか! きみの思っているひとり旅の憂いなど、いったいどこにあっただろう。実際、俺はひとりの時間をどう確保したものかと苦慮したものだった。商人。学生。教師。農民。軍人。収税吏。画家。誰もが、とにかく、話しつづけていた。 俺が貧しい旅行者としてこの亜大陸を行くときに出会うまったく別のひとびとのこと。外国人の旅行者がいる。彼らの多くは欧米人で、その姿は幽鬼のようだ。 南印度の旅では日本人はおろか白人に会うこともまれだ。たとえば駅で或いはこのくにに夥しく見られる茶店で、かげろうのような白人の旅行者に会うことがある。彼はひとりきりで、周囲の喧噪の中でそこにだけぽっかりとあいた沈黙の井戸だ。髪は汚れて長々と垂らし、白い肌は輝きを失っている。彼がどれほどの年月旅してきたか語っている汚れたリュック。話しかけるひとびとを手を振って拒み、傷ついた狼をも思わせる。 俺も彼のように見えるのだと思う。俺に多少のなつかしさが湧いてくる。話しかけたなら、彼は重い口調で語りはじめるだろう、たとえばマイク。きみは日本人だろう?俺にはすぐ判るよ、故郷はハワイだからね。オハヨウ、サヨナラ、それから…。南米へ渡ったのは一年半前。女から逃げ出したのさ。南米からアフリカへ渡り、モンバサからボンベイへ。このあとは東南アジア、それから日本さ。日本の物価は恐ろしく高いんだってね。俺の英語が判りやすいって?もし俺がハワイ方言で話したらきみにはひとことも判らないさ。これからサンチーへ行く。ストゥーパを見にね。 彼ら白人たちからこの亜大陸への呪いのことばを聴くと、俺自身が毎日いらいらと怒りつづけているのに、妙に揶揄したい衝動にかられる。彼らがよく整えられた故郷を捨ててこうした混沌と見える場所へ来たことが彼ら自身の意志によるものに、彼らはぐちばかりをならべている。そうして俺もまた同様だ。 彼らは流れてゆく。彼らのほとんどは何もせず終日ひとつの椅子に座りつづけていたりする。彼らとの出会い、まれな一日の二人旅のあとで、俺のとても気に入っていること。彼らは俺にもたれかかってはこない。偶然の出会いのあとで、その男との旅がとても楽しいものであることに気がつく……簡単に言えばそこには互いに冷えた核を尊重する姿勢がある。しかし俺たちは別れる。もう会うことはない。多くの場合、名を言うこともなかった。 きみはランボーに会ったことがあるか?俺は幾人ものランボーに会ったのだと思う。おし黙った二十代、死臭のする三十代を乾いた光の場所で送った男の生涯が俺には特別なものとは思えない。彼に吹いた風は旧大陸のあちこちで吹いたと俺は思う。 俺の会った旧大陸からの旅びとの誰もが断念の吐息を送ってきた。彼らとの時間、あまりにもアジア的な俺の思考のかたちが日時計のかげとなって移っていった。そのかげはぼんやりとにじんで或るときはちいさな舟のかたちに見えていた。 (ここでさよなら 地球は林檎 きみの目の中にいましがた火が見えていた いくつもの土地の名 女たちの名 王たちの名 彫りの深い過去のぎらつく陽の下には忘れられぬ名が育つ 古びた革鞄の内と外にきみが選択した土地の日々 どの名も鮮やかだ! きみが出会った大河 予期された邂逅の時 すっと風が走り ひとの肉声は穹窿のようだった 見慣れぬ獣のあとを息を殺して追った日があった きみは猟師ではなく 猟師のかげへの鋭利な飛躍を夢見る猟犬に似ていた!) この土地では貧しい人間、汚れた服装の彼らこそ激しく美しい表情を持っている。そうして冷えきった朝炎熱の午後死んでゆく。彼らはこの土地のいたる所にいる。彼らの生存と死亡のうえに朝の最初の光が射す時、そのかげとかたちは唯一の在りようで訪れる。 また、乞食女の美しさと言ったらどんな着飾った女もものの数ではない。汚れ切った一枚の布にやせ細ったそのからだを包んで彼女が逆光の中に立つ時、その悪臭と群らがる蠅に支えられる美が衝撃を送ってくる。腹の大きい乞食女を見ることがある。或る朝彼女の側らに生まれたばかりの赤子がいる、その子が死んでいたら?或いは生き延びたら?俺には収拾の方法が見つからない。俺はただそれらの映像のいくばくかの真実が一枚の貨幣のようにして井戸の底深く落ちてゆくのを知るだけだ。 バニヤン樹のひろがるまちを出ようとするとき、まちはずれの空き地に群らがるひとびとを見た。彼らは一枚の布や藁やで小屋がけして寒々とそこに住み、ひどく粗末な衣服を身につけてそれでも朝のかまどから煙を立ち昇らせていた。彼らはマハトマ・ガンディによってハリジャン(神の子)と呼ばれ今は「法定カースト」とも呼ばれる。身分制度上の最下層に位置していたひとびとだ。彼らは或いは個人的な上昇を金によって果たし、その階級的な力を選挙権の獲得によって増しつつある。 こうした身分制度の現実について俺の会ったひとたちは事実上それが廃止され差別は行われていないと言った。俺の想像では、俺の会ったひとたちはそうした制度上の中位以上の階層に属するのだと思う。そうして英語以外に最大の話者人口を持つヒンディーや他の公用諸語を学ばぬ限り俺はそうした階層の壁を越えることができないだろう。 例外的に英語の普及したケララ州でのこと、或る主人と下男の関係がそれを暗示させる。かつてサーカスの道化だったという下男は陽気な男で英単語を並べていろいろのことを教えてくれたが、彼が自分の主人に言及したときの憎悪と侮蔑の生々しさを忘れることができない。 バニヤン樹は俺には暗示と警句に満ちた植物だ。この巨木は水平にのびたいくつもの枝から気根を下し或るものは地上に達して新たな幹となる。どの幹がはじまりか見分けがつかない程たくさんの幹を持つものがある。枝から下りた気根は風に揺れてこの樹木全体に動感を与えたりする。一筋縄ではゆかぬしたたかな思想、決して硬直しない精神の棲みか。 俺に親しいケヤキやスギ、ヒノキ、マツなどは垂直性を主張する。信じられた隊列だ。バニヤンは違う。この樹木は空間の一本の針となるではなしに空間を囲いとり自らが或る全体であることを主張しながら増殖してゆくのだ。 まちを出るとデカン高原の幻であって現実である景観がひらけた。その標高は恐らく五百メートル位だと思う。この高度は東へ向けてゆっくりと失なわれてゆき、決して回復されることなしにベンガル湾に至る。そうして今俺の位置はアラビア海から遅いバスで半日の場所なのだ。デカンはほぼそんな地形をなし、全体にまばらな樹木を見る。街道はほぼ直線となってつづき、大地は長い波長を持つ波のようにゆっくりと起伏する。そのわずかな高みに達するたびに遠い地平線とまったく均質な疎林が見える。風景の全体は乾ききっていて菜の花がちいさく咲いていたりわずかな畑が現われたりする。村々はごくまれに現われ、ちいさい。 水平線上に艦橋だけを現わした巨艦。そんな感じにモスクのドームが遠く望まれる。バスが大地の起伏を辿ってゆくとその灰色のドームが浮き沈みしながら次第にその全体を現わしてくる。俺はどこへ行くのか。ある青年のことばを追って、そのまちへ近づきつつある。まちの名はビジャプール。デリー付近に興亡した諸王朝の末、十六世紀に成立したシーア派王朝の首都。恐らく南方のヒンドゥー王国ヴィジャヤナガルとの抗争を重ねただろう。そんな過去をなにひとつ俺は知らない。俺の目には単に銃眼を連らねた恐竜の背のようなまちの外部と灰色のドームの高さだけが迫ってくる。午後、無人と見える平原の只中の混迷したひとごみのまちに到着。 まちは砦だ。まちを囲む城郭に昇るとこの場所が孤立した閉ざされた砦であったことが判る。乾燥した空気を喉に感じる。狭い通り、重々しい石造りのちいさな窓の家々。炎暑の夏を思ってみる。おもちゃ箱をひっくりかえしたような商品とひとの氾濫。まちを歩いて思う、確かに俺は俺のくにに留まっては決して得られぬ絵と音とそうして疑いようのない彼らの生活の只中にいる。そうしてそれらとの出会いがなめらかな日常だ。 まちで青年たちの一団と知り合う。彼らひとりひとりが詳細にその生活を語りかける。今は年一度のヒンドゥーの大祭の時で、多くは学生である彼らは故郷のまちに戻ってきたところだ。俺たちは回教寺院を巡り歩き、俺も「青年団」の一員になった気がする。 夕刻、彼らのうちのひとり、医学生の家に招かれる。彼らの食事の様子が知りたかったから。絨緞を敷いた床。梁の見える天井。レンガづくりの家。ちいさな窓。天井には大きな吊り金具がある。そこから下げた揺りかごで乳児をあやすのだと言う。 一方の壁を背にして大きなマナイタのような板の上に座らされる。その家の長男である医学生の青年とふたりだけだ。他の青年たちはひとかたまりになって扉のわきに座っている。俺たちの前にはこの家の主人が椅子にかけ、上品な感じの母親と妹が食事を運んでくれる。マナイタの上に座るのは居心地が悪い。 母親がつくってくれたのはこの地方の食事のサンプルだ。金属の盆にチャパティとさまざまな野菜のつけもののようなもの。ひと品づつ説明付では気軽な食事とは言えない。しかし俺はもてなされているのを感じて幸せだ。 夜、彼らと別れる。宿で寝つく前、夜道をたたいて遠ざかる馬の蹄のひびきがきこえる。俺の部屋の前の廊下には宿で働くこどもたちが一枚の布を共有して寝ている。彼らは時折り笑い声を立て、声を合わせて唄ったりする。 水田の向う、椰子とバナナの林の上に見えていたヒンドゥー寺院の台形の塔門。あれからずいぶん北へきて、今俺に親しい遠景は回教寺院の姿だ。荒れた地平線のうえの白い或いは黄色っぽいドームの姿だ。 ゴル・ゴンバス。まちにはいくつもの寺院や廟があるが、この巨大なドームを戴く建造物はタージ・マハルを上まわる規模を持つ。それは近寄れば荒々しい外壁と単なる威圧的な高度でしかないが、その遠景は魅力的だ。実際、その高さは六十メートルに達する。このまちの支配者はいわゆる征服王朝だった。まちはずれにあるイブラヒム・ラウザとかこのゴル・ゴンバス、いくつもの建造物はイスラムのものでそこに住んだひとの多くから見れば異教の建築ということになる。しかも彼らはそのはじめ現在のアフガニスタン付近から侵入を重ねた。 印度のひとびとにとってのこころの距離を知りたい。彼らにとって中央アジアのステップや荒涼としたカブールのまちはどれほどの遠さにあるのか?それは俺に想像できないくらい近いのではないだろうか。青年たちは異教徒の支配者たちは良い統治をしたと言った。ただ、女たちは回教徒の侵入後、サリーと共に長いペチコートや体にぴったりした短いブラウスを現在のように身につけるようになったという。 印度の農村生活を見るべきだ、と彼は言っていた。彼は地主階級の息子。彼の土地はまちの北方にある。 バスを降りると大地はひどく眩しい。村の狭い路地の両側には商店があって、縁側に座り大きなまんじ模様の入った座蒲団にもたれている主人たちがいる。彼らは白いゆったりした上衣とズボン。どの男もひどく人間的な美徳と悪徳の双方に彩られた表情を持っている。 彼の叔父の家。土づくりの、農家。地主である叔父はこの地方の農夫と同じ服装のやせた老人。黒々としてしたたかな皮膚をして、土の匂い強権の匂いを漂わせる。彼は俺のそばにあった縄編みの簡素なベッドに寝ころがると鋭い視線を送ってきた。 彼の畑までは浅い小川を渡り、歩いて十分程だ。痩せて背の高い農夫が牛を追って耕していた。遠く女たちの数人が一列にかがみ込んで草をむしっている。畑の一角、大樹の下の古井戸のわきにはヒンドゥーの神である朱色に塗られた石がある。農夫はムスリムだがそのヒンドゥーの神にも祈るんだ、と彼は言っていた。 畑はその中を自由に歩きまわれる程まばらに作物が植えられている。アワやヒエ、トウモロコシなどだと思う。水が飲みたいと言うと、溜め池に連れていってくれた。ちいさく深い。水底から水草がゆらりと揺れて立ち上り、白い水ヘビが泳いでいる。 彼は遅い昼食を農夫に命じた。やせてはいるが屈強のその男、決してまちへは出ず年ごとに百袋の収穫をあげるその男は藁で小屋がけしただけの家から食物を持って近づいてくる。まばらな作物が長い影を落とす畑を、肉感的な雲が低く流れる下を。俺たちは大樹の下。かたわらの地面には幼児が裸で寝かされている。腰にまわされた一本の紐だけを身につけて。黄色い豆。チャパティ。砂まじりの米。水牛のうすい乳。夕陽が沈もうとして、その最も低い位置からまっすぐに俺を貫く。 ひどく風に流されている。盆地の只中の茫としたまちに来た。乏しい木々、荒れた平原に平らな頂の台地が立ち並び、なお執拗に耕作の試みられている場所。そんな場所を過ぎて来た。俺が生まれた列島に帰りつけるかどうかは知らない。その日一日の切符を買って次のまちへ移動する、それがすべてだ。もうどんな異国でもない。俺の生まれた土地を思わない。黒い核が、硬質の過去が俺には欠けている。それだから寂しい時間得意の時間が訪れない。 旅の息。俺はそれを計らなければならないと思う。旅程がない。すると不思議な波動が俺の旅を律してゆくように思われる。 生きていくことは背中に彫りものを刻んで日々を送ることだと俺は思う。そいつを消すことなどできはしない。ところで俺にかつてどんな朝が明けたか、そしてなにが深く背に刻まれたか?自分の背に唾を吐きかけることができないから今は単にたるんだ栄養過多の皮膚を誹る。今が豚の時代ならせめて野生豚のように生きたいと願う。 アジャンタ。第二十三窟の次に番号のない洞窟がある。それは衝撃的だ。未完成の窟だ。外観はたぶん完成されている。内部は一本の柱と天井が恐らくでき上っている。けれどもその他はさまざまな段階で仕事は中止されている。爪でかいたような傷が壁のいたるところにあり、床はまだ姿を現わしてはいない。取り去られるべき岩の堆積が重々しく高まっている。そのながめは、倉庫の中のようだ。まるで荷が乱雑にそこここに積み上げられているかのようだ。しかし、もちろんその印象は間違っている。その岩は積み上げられたのではなく、また空間は全く自由ではない。 彼らが数十年から数百年恐らくひとつのプランに従って掘りつづけた結果である空間は、外部世界に於けるひとつの建造物に似る。するとここではあまたの柱や内部の神々、浮彫りのすべてがひとつの陰画でなければならない。俺をつつむ大量の岩こそが自由なひろがりであって、彼らは凝縮された空間を築いたのだ。皮膚はその時境界であって、俺自身の存在の様式はめざましく問われているだろう。 サトナからカジュラホへは無人に近い疎林がつづく。下草の乏しいこのあたりでは林の中を遠く見はるかすことができる。葉の大きな広葉の木々が多い。ガット(坂)を下るとき地平にまでつづくこうした疎林が海のようにひろがる。ガットは単なる坂ではなく、ひとつの大地ともうひとつの大地を結ぶのだ。こちらを見つめる猿の群。夜は滅びた虎が疎林を駆ける。かつてチャンデラ王朝の王都であり今はちいさな村でしかないカジュラホにジェット旅客機が舞い降り、高級ホテルに観光客を送り込む……白人が多い。このちいさな村にきょう七人の日本人がいる。 西の寺院群に夕陽が射し、あたたかな感触の砂岩の表面がひときわあたたか味を増す。そうして陰の部分は蒼古のくらがりだ。それらの寺院は、その規模はちいさなものだ。しかしその精緻な印象とイメージの集中度に於て抜きんでたものがある。多くの像の群立する下部構造と得難いリズムを強いる上部は、離れて見る時には全体が顕微鏡を通して見る生物の幾何学のように思われる。 石の花があるとすればそれらの寺院はつかの間その中を通過する。またそれらは星のひとのことを思わせる。それが飛行体であるとすれば、石の塔は失墜の記念碑だ。それは飛翔に失敗してあまたの太陽にさらされる。それはまた堅固な連嶺を思わせる。それはまた古代の生物を思わせる。それは極小に向けて集中される精神の棲みか。信じ難い密度への疾走。そこには憎悪がない。おそらく動態から憎悪は生れない。精神と肉体の動態にはあらゆる水準での是認だけがあるだろう。 それらの寺院は中距離から見ると夥しい水平線によって高まっている。そのかたちは入口の部分の最も低い塔の位置から放物線を描きつつ高まってゆき、最高部に至って唐突に中断される。そこから先は心象の高度だ。それは巧妙な垂直性であって俺は搦手から瞬間的に攻めこまれてしまう。たくさんの男女の像は主構造をやわらかく改変するような位置に置かれていて決して主人ではない。しかしそれらにあまりにも有名だ、彼らは静止してはいない。あらゆる姿態がここにあり、彼らの交わる角度は緩やかに開きまた閉じる。彼らの肉体は豊饒だがその肉感には星の匂いがする。さまざまに揺れて炎のように立ち上る彼らに疑いのかげは見られない。 彼らより下に位置して全体を帯のようにとりまくちいさな浮彫りの群れは風化しかけて表情はもちろんその姿態の定かでないものもあるが、それだから余計に人間の記号、人間の言語として現われる。象や馬に乗った彼ら、戦いに赴く彼ら、音楽を奏で農耕に従い。それらが切れ目なしにひとつの流れのように語られる。それらの像の全体の中で最もすばらしいのは、彼らの肉体がすばらしい水準でなじんだふたつの流れを構成するときだと俺は思う。 夜、月蝕。悪霊に食われてゆく月を忌み、それを決して見ることなしにひとりの男が俺の生涯を語る。来るべき年に起こるであろう事が、詳細に語られる。それはもはや俺の生涯ではない。一冊の書物のようにして読まれるひとの生きざまの魅惑が俺をとらえる。彼はあしたの朝はからだを清め、貧しいひとびとに食物を与える、と言った。 印度を旅するひとは、個人としての品格は別にして望むままにどんな水準の旅でもできるだろう。俺にはこのくにの物価はとても安く感じられる。村の旅籠でダニの一群と過ごした翌日、きみはいくらかましな服に着がえて一流ホテルのバーに迷い込むことができる。ここでは金はふしぎな紙きれだから、一本のビールがいなかの食堂の十回もの食事に相当することに悩まない方がいい。通貨は魔法の道具だ。その力できみはこの社会のさまざまな階層と職業のひとびとにとっての一瞬のシンパサイザー、隠された目と耳になる。その時きみが単なるかげに過ぎないことを、しかし忘れてほしくない。 耳元でこえがちいさくはじけた……ガット!闇の中で車掌の瞳が笑っている。俺は気がついた、終日バスに乗りつづけた末に今は月明り、疎林の中のゆるやかな坂道を降りてゆく。木々の間から眼下に大平原のひろがる様が判る。ひとつの大地からもうひとつの大地へ、ひとつの混沌からもうひとつの混沌へ!暗い街道をバスは疾駆する。地平線にまで広がる水田地帯の只中の街道は樹木に囲まれた長大な歩廊であって、月明りはここへは忍び込んではこない。白いヴェールのようなもやがいくつも地を這い、我々のバスはしばしばその中を通過する。大河地方へ。大地の女神の豊かな髪に出会うために。 大河地方は俺を避けつづけたのだと思う。亜大陸の奥深く差し入れられた舌の如き大平原。湿った大地。そこは絶望的に思われた場所だった。印度として最も多く語られる地方、ガンガの岸での火葬のこと、沐浴のこと、夥しいひとと交易のこと。その地方の貧困とかおびただしい数のひとびととかから、そうして白人や日本人から逃げていたのだと思う。みどりのガンガの映像はつかの間のこと、西方の乾燥した大州へ、俺は駆けていた。 夜行列車。床に座っていた。ひとびとは黙りこくっていて、連結器ばかりが騒々しく音立てた。俺の前に老人が座っていて、彼はゆっくりと低い声で語りかけていた。行き止りだよ何もかも……きみは見ただろう混沌と泥。きみの目に見えるすべてのもの。そうだ、何もかも。わたしらのくには暗い、そうしてきみは帰ってゆくきみのくにへ、アジアの若いひと。きみは忘れないようにしたまえ。私のまちへはあと数時間。私は降りてゆく夜の向うへ。きみは忘れないようにしたまえ、きみの見たすべてのもの。揺れる揺れるよ俺たちの急行列車。夜を貫いて、重いひびきを立てて。 帰るとはどんなことか?俺のいたまちはどこにあるのか。それはどの方角か。ひとりでいる気分は俺の生まれた列島にいた時最も強く感じられていたようだ。俺たちは新たな無為の旅人であると思う。伝説に新たな血が通いはじめるのだ。 光り輝く首都に戻ってくる。高層ビルの立ち並ぶ大都会で、俺は休息する。三木内閣成立を報ずる「ニューズウィーク」を読む、安息の椅子のうえで。サンジェイ・ガンディの悪いうわさを次つぎにきかされる。旧市街を歩くと、産児制限を訴えるキャンペーンが行なわれている。そうしてサンジェイの母親のこと。彼女の強権は間もなく失墜するだろうと幾人もが言った。 IV 砂漠の入口のまちで、病が忍び寄ってくるのが判った。永い旅の途上で疲労は急にやってくる。いつもどのまちでも、俺は何時間でも歩きまわる。不思議に病気をしない。下痢もしない。しかしごくまれに大量の疲労が俺の宿の木の扉をたたく。ひとりの旅では俺は病を予知しなければならない。激しい疲労は病いへとすぐに傾斜するだろう。傷ついた動物がひとり森の中にうずくまって傷をなめるようにそんな時はぜいたくな食事をして何時間でも眠る。俺は静かな湖のように横たわり、死人のように呼吸してひっそりと戦う。 「敵」がゆっくりと退いていった朝、宿の屋上から見わたすと、北方には岩山と一体になった巨大な砦があった。南にはひどくまばらな木々が地平線にまで連らなり、その全体が恰も森のように思われる。 ここが、この場所で今はありふれたものが記憶されるべきすべてだ、と思い至る……まちはひとのこえ鳥のさえずりに満ちている。民家はほとんど二階建、煉瓦を積み漆喰で白く塗り上げている.入口近くには土間があり土を焼いた壺はどの家にも見られる。女たちはその壺を頭に載せたり腰のところでかかえたりして井戸との間を往復する。牛、ヤギ、ラクダ、犬などが通りを歩きまわっている。カラス、トンビ、スズメ。夜ははなやかに電飾された家があって、結婚するふたりのことを知らせている。 砂と石ころばかりの乾燥地帯を走りつづけた。 棘ばかりの草、幽鬼のような樹木がまれに見られる。ひからびたオアシス、廃村。時折り現われるなめくじを思わせる砂の丘の風紋を崩してヤギの足跡が点々としている。しかしその砂丘はまばらな草によって半ば固定された「不自由な」砂の高まりで、俺が想像したような「自由な」砂の原はここにはない。印度西部のタール砂漠はそんな「雨の降る」砂漠だ。そしてひとの住む砂漠でもある。 街道沿いに遠く近く砂だらけの村落があり、頭に壺をのせて村はずれの井戸との間を往復する女たちの姿がちいさく動いている。家は黄土色の泥の壁。薄桃色の石材を柱のように林立させて簡単に屋根を葺いたものもある。「ヤギの囲い」もある。乾燥地帯特有の棘状の葉を持つ草をたくさんに集め、それで柵をつくってヤギを閉じ込めておくらしい。 長椅子をいくつか並べ、小屋がけした茶店も時たま現われる。しかしそんな村を過ぎれば単に乾ききった平原だ、風景はほとんど変化しない。それで、わずかな色の変化を追うようになる。平らな場所では砂が飛ばされて葡萄色の堅い地表が現われていたり、或いは石炭色に見えたりする。砂塵のせいだろうか、遠景はそれほど鮮明ではない。 ほとんど果てしなく思える労働によって、街道沿いの植樹が試みられているが、その多くは枯れ果てている。すれ違う車は皆無と言っていい。街道は一直線に地平線に至る。 バスの乗客たちは多く白いターバンを巻いている。それはシーク教徒のような宗教的なものではなくて強烈な日射を避けるためのものだと思う。縄のように丸くした長い布をいきなり頭に巻きはじめ、キノコのように大きなかぶりものをつくり上げる。赤や赤に白い斑点の入ったものなど様々あるようだが、圧倒的に白が多い。そうしてターバンを巻くのは主として農民であるらしい。彼らは立派なひげを蓄え、耳飾りをしている男が多い。彼らは西方の匂いがすると俺は思う。 タール砂漠は印度西部の大州ラジャスタンの大部分を占めてインダスにまで迫るのだが、この乾いた平原が北印度にかつていくつもの王朝を築いた戦士たちの故郷だ。そうしていくつもの仮想の国境を踏みにじって中央アジアのステップや黒海にまで達する血の匂いを想像してみたりする。夜ごと漂泊する国境、波間に揺れる夜光虫の国境。 ラジャスタンは乾き切って痩せ細り、鋭い視線を地平線に送りつづける永劫の戦士のくになのだと思う。痩せてかげろうのようにバスに揺られつづける俺は彼らとは際だって異なった人種的特徴を持つモンゴルの 末裔でそのまぶたは厚く、低い鼻と細い目の東洋人であるのだが、その俺ですら地平のひろがりに沿って目が水平に弓のようにどこまでも引かれるような感じを受ける。 この地方の女たちの服装は華美というほかはない。何連もの首飾り。錆びやすい金属か或いはプラスチックの。それらはかつては銀と象牙であっただろうが。耳や鼻にも飾りをつけ、手首から二の腕にまで重ねている。足首やそれぞれの足指にも。彼女らはサリーを着ず、木綿の深い赤い色のひだの多い足首までのスカートをつけてやはり赤の薄い布を頭から被っている。 バスが或る村を過ぎたとき、正確にはその村は街道から数百メートル離れて砂の間にうずくまっていたが、ひとりの若い女が乗って来た。四、五人の夥しい飾りを身につけた深紅の女たちがバスの脇に立ち、被った布の陰から目ばかりをのぞかせていた。乳児を抱いている女がいた。少女がいた。彼女らはひそやかに泣いていた。俺たちのバスに乗った女もまた泣いていた。 ラジャスタンの乾燥地帯には孔雀がいる。彼らは乾ききった村の路地を鶏のように歩いていたり、石と泥づくりの二階家の上にいたりする。美しい青い鳥だ。青い鳥のいる村の上には雲のほとんど見られぬ同じくらい青い空がひろがり、路上ではちいさな大根にライムと塩こしょうをかけて売っている。人指し指ほどの緑唐辛子にジャガイモを詰め、フライにしたものを売っている。バスの旅の途中、そんな村に立ち寄る午後には、履歴は忘れる。 ハゲワシ、この巨大な鳥はこの亜大陸の象徴的な生きもののひとつだ。早朝、雨上りの道のむこうにムガールの赤い城が見えて来た時、城壁の銃眼のそれぞれの先端に黒いかげがあった。ひとりの人間がうずくまっている程の大きさの黒い姿が動かない、それが幾十も銃眼の上にいる。この巨鳥は例えば「大鴉」の詩に、鴉よりも似あっていると思う。葉の少ない大樹に或る時は幾十羽幾百羽が群れ、その一羽が飛ぶ時バサッというような音とともに黒い稲妻形の翼がひろがる。彼らは乾ききった土地の砂礫の上にも幾百羽の群れをつくりうるさく鳴いていたりする。その灰色の長い首の不吉な量感とかひろげた翼の圧倒的な広さはそれが鳥であることを忘れさせることがある。 ラクダはラジャスタンに多い。彼らは他の地方での牛や水牛の役割を果たす。これはずいぶん背の高い生き物だ。彼らは時折り野に放されてまれな樹木の枝葉を食う。そのせいでここらあたりの木はラクダの背の高さから下には枝がないものが多い。ひとは誰でも自分のエスプリに拠って好みの動物を持っているものだが、俺はかなりラクダが好きだ。彼らの足についている巨大なタコが出会うたびに気になる。広場に幾頭かが座って休憩しているのを見ると近寄らずにいられない。ただし、頭を撫でたくなる動物とは言えない。 彼らの載せている鞍はこまやかな細工のほどこされた木製の美しいものだ。ヤギの乳は濃い。彼らは小犬のように砂礫の上を駆け、棘ばかりの草木を食う。大きなトカゲがいる。穴からヘビに似た頭を出して前足を穴の縁にかけあたりを見まわしている。 (ここに境界があり背後にはひとびとのざわめきのいくつもの世紀 試みのあとには忍耐があり よい思いつきに褐色のつばさを与えるための不安な夜がある 退かねばならぬならその断念の一日に至る千の日の どの日没の記念碑をも残してはいけないし 親しみこめて往来した仮想のみちも一日を隔てて砂にまぎれることをはっきりとこころに据えよ そこから砂まみれの見知らぬ世紀の切先であるきみの すくいとった砂による風を支えとする創造が始められると思ってよい きみは試み 試みた末に 他のなにに姿を変えても失なわれるそのような試みの深井戸を知るだろう まだわたしらを訪れる客はなく ことばがそのためにいつまでも生きつづけるのがおそろしい) 地平線上に城が現われた。単調な風景と共に何時間も決して飽きずに走りつづけたあとで、だ。きみがいくつもの砂丘を越えて夜の旅をつづけ、何頭かのラクダを死なせて辿りつく城の姿を想像してみるがいい。それは出会いを運命づけられていたと思える場所であって、そこへ行きつくための乗りものは空飛ぶ絨緞がふさわしいかも知れない。 近づいてくる城は蒼古の建造物ではない。その建設は西暦一一九二年、ラジャスタンの戦士たちがカイバル峠を越えて侵入したイスラムの王に敗れた年だ。まちの名はその支配者ラワル・ジャイサルの名に負ってジャイサルメールと呼ばれる。 城が近づいてくる。平原にただひとり数知れぬ半円筒からなる城壁を立ち上らせいくつかの尖塔を見せてその全体は黄褐色の石造りの中世の夢。俺の鎖骨に沿って騎馬の一隊が駆け、征服王朝が興亡する。ここには防御線は存在しない。国境は侵しあい、断続し、生きもののように呼吸する。ひとりの王の殺戮の過去、彼の戦士たちの強盛への恐怖がひとびとのこころに国境を定める。そしてそれは潮のように干満する筈だ.西へ、唯一の狭間を抜ければポーランドの平原にまで騎馬の一群は駆けつづけることができる。その道すがら、夥しい血だ。 城が近づく。その姿は敵への示威ではなく、敵への招待を思わせる。それは感情的な招待だ。城の足元には城と同じ色の、即ち大地と同じ色をした石づくりの家が集まっている。 日の出前に起きる。陽光がうろこ雲を迫って変化する様を茫然と眺める。部屋に戻ってうとうとと何時間が過ごし、まちに出てピンポン玉ほどのトマトやしなびた果実を買う。空気が乾いているせいか朝方必ずひどいセキに悩まされる。部屋の中を鳩がやかましく飛びまわる。この、砂漠の中の、城の足元に混乱して集積されたまちには自動車がない。どの方角の地平線も十分に遠い。 西方には何列かの砂丘がある。平原の砂の上には棘ばかりの草の株がちらばっている。ネムのような葉を持つものも多い。砂の上の痕跡から、いろいろな生き物がいることが判る。まちから離れて、そんな砂の上を歩きまわる。いつしか俺もいにしえの戦士たちの目をしている気がする。 まちは精緻な石の細工を施した家々が多い。三、四階建の建物のベランダや窓などに石のすかし彫りが見られる。それは例えばタージ・マハルのそれに似ていて石でありながらやわらかな感触だ。それが或る時は壁面を埋めていたりする。緑の見られぬ石のまちだがあたたかい親和力に満ちている。 俺の皮膚にぴったりと寄り添っては来ないひとびと。彼らの中で、俺は心地よい.俺は侵略されない。空気が乾いているばかりでなく、ひとびとと俺の関係も乾いている。たきぎをその鞍の左右に結びつけたラクダの幾頭かとすれ違う俺の耳朶にちいさな鈴が生れ出てそれが鳴りつづける。 まちの北には崩れかけた堡塁があり、そこからは城とまちの全体が見わたせる。夕暮れ、家々から煙が立ちのぼり、こどもたちの叫び声がちいさくきこえる。黒いヤギの群がいくつも砂を踏んで帰ってくる。敵の砂煙りはまた見えない。 (過ぎて来た首筋のあたりには忘れ去られたあまたの城砦 鎖骨を砂と擦りあわせ訪れるひとを待つ 恋のための時代があり井戸の底に降りてゆく男たちがいた 禿鷲の舞う空 風の中に砂が動きひと抱えの果実はしたたかにきのうの愛を唄っていた 蠍に気をつけろおまえの乾いた花冠はもう匂わない) (ここが辺境であるなどと誰が言ったのか ここには不十分な水としなびた果実とがあり幼ない者らは裸足でたくさんの宝を隠し持つ) (ひとりの砦は消える 砂礫の原 陽は力なく沈む 明りを灯さぬ夜肌の温かさはすぐ隣りに息づくのではなく優勢な国家の腕の中で望まれる欲望を遵守する あれもこれもみごとな充足である 恋は育たねばならぬ 嬰児は老いねばならぬ) (別れはは騎馬で三昼夜 漁った思い出のすべてを砂に換える それがここに於ける交易のしくみであり彼らに対する最も誠意ある返礼である) 城に登る。入り組んだ路地、ジャイナ教の寺院、給水塔。ジャイナ教寺院に入る。俺はそこに入るには革製のベルト、靴などを外に置かねばならない。中では朗々と唄っている。祈りの唄だろうと思う。ボンゴのような鼓とオルガンのような音を奏でる手風琴といった感じの楽器。軽々としたよろこびにあふれた感じがする。 回廊をなした寺院の壁面にはたくさんの仏陀
に似た像があってその両眼はひどくつき出ていて目玉ばかりの像とさえ思われる。その表情の由来は俺には理解できない。全体として狭苦しい内部のあらゆる場所、特に柱に精緻な彫刻が施されている。それら石造りの異様な密度は外部世界である砂漠の無愛想さと不可解な対照をなしている。その感じは例えばデカンの只中のまちの異様な混乱と通じているかも知れない。 |