879年、インドラヴァルマン一世によって祖先の菩提を弔うために建てられたヒンズー教寺院である。現在見ることができるのは遺跡の核心部のみだが、その周囲には東西500メートル、南北400メートルの環濠に囲まれた広大な寺域があり、寺院の背後にはかつてインドラヴァルマン一世の王宮が存在したという。現在観光の対象になっているのは、中心部にあるレンガ作りの祠堂群のみだ。祠堂群には二重の周壁があり、外側の周壁は東西97メートル、南北94メートル。内側の周壁は東西58メートル、南北56メートル。いずれもラテライトでできている。通常は東側から接近し、第一周壁の塔門、第二周壁の塔門をくぐって中心部にある六つの祠堂に至る。祠堂群は周囲を砂岩の刳(くり)型で飾った共通の低い基壇の上に建てられている。基壇の東側には三つの階段があり、それぞれに対するようにナンディン(シヴァ神の乗り物である聖牛)の像が配置されている。西側には階段がひとつだけある。六つの祠堂は前列三、後列三のふたつのグループに分かれて南北方向に配置されていて、いずれも東が正面になっている。 見所のひとつは祠堂壁面に見られる漆喰の装飾だ。植物系の文様やカーラなどの繊細なレリーフは見ごたえがある。カーラは寺院のまぐさや破風にしばしば見られるクメール建築の代表的なモチーフだ。インド神話に登場する「時間」を象徴する神で、死神「ヤマ」(閻魔)の別名でもある。カーラはチャンパやインドネシアの建築にも見られる。 砂岩に彫刻する技法が行なわれる以前は、建物のレンガの壁面に分厚く漆喰を塗り、その表面に文様などを刻む技法が一般的だった。建築材料としての漆喰は石灰を主な原料としていて、加工しやすい反面、傷みやすい。現存する漆喰の装飾としてはプレア・コーの祠堂壁面は代表的なものだが、大半が剥離していて、ごく一部だけが原型をとどめている。 |