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自転車に乗ってアンコール地域内をのんびり走っていると、どこからともなく心地よい音楽が聞こえてきた。その源につられるようにしてペダルを踏んでいくと、4メートル近くある座仏が視界に入った。音はその座仏の奥にある高床式の寺院のなかから聞こえくる。
境内にいた老人に一声かけ、本堂らしきところへ入れてもらった。広さは40畳ほどだろうか。中央手前には仏像が祀られ、線香が焚かれている。端では一組のカンボジア人親子が本堂に響き渡る音楽に耳を傾けている。演奏しているのは5人の少年たちで、最年長らしき子は日本でいうところの中学生くらい。ほかはみな小学生に見える小さな子供たちだ。僕は先ほどの老人に勧められて、ござの敷かれたところに腰を下ろし、床下から流れるささやかな微風を浴びながらしばらくの間、彼らが奏でる凛とした空気に浸った。
演奏の合間を狙い、子供たちに楽器について尋ねてみた。日本の木琴のように軽快な音を鳴らしているのは「ロネアト・トン」といい、2本のマレットを使って音を出す。舟のように反った形をしているのが特徴的だ。ロネアト・トンとともに澄んだ音を響かせているのは、「ロネアト・ダエク」という鉄琴である。「コ〜ン」という響きのいい金属音を出しているのは「コン・トーイ」と呼ばれる打楽器だ。直径15センチほどのコングを円形に組み合わせたもので、演奏での出番は少ないが曲に深みを与える役割があるように感じられた。
太鼓は2種類使われていた。大きいほうは「スコー・トム」(トムとはクメール語で「大きい」の意)といい、桴(ばち)を使って音を出す。音は和太鼓の音とよく似ているので親しみやすい。小さいほうは「ソム・ポー」と呼ばれ、こちらは桴を使わず手で叩いてリズムを生み出す楽器だ。一方、緩やかで流れるような音を出しているのは、「ソロライ」という名の縦笛である。この笛を吹くには意外と肺活量を要するらしく、奏者の少年はほおをぷっくりと膨らませて吹いていた。
これらの楽器を用いた編成は、「ピン・ペアト」と呼ばれるクメール音楽の伝統的な楽団で、結婚式やお盆、古典舞踊アプサラなどに用いられる。友人のカンボジア人によると、どんな曲が奏でられるかは演奏される機会によって異なり、曲とあわせて歌も歌われるとのことだ。
あとで調べたところによると、もともとピン・ペアトの「ピン」とは、インドの撥弦楽器を指す「ウ゛ィーナー」に由来する言葉で、クメール語では琴(きん)を指すという。また、「ペアト」とはクメール語で楽器全般を表す言葉だ。すなわち、「ピン・ペアト」で弦楽器を意味するわけだが、現在では弦楽器は使われなくなったという。
流れるようなソロライの音、澄みわたるロネアト・トンの響き、軽快なスコー・トムやソム・ポーのリズムは、その後しばらく僕の耳から消えず、心地よい記憶として残っていた。 (井伊)
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