025 アジアとアートとわたし(相田ちひろさん)
WMA 32K (30min.)
収録:2005年2月22日、新宿にて 取材:波田野直樹

 

[上の写真の説明]
タイトル:友 (1456mm×1030mm)
制作:2002年4月
素材:新聞紙(右の象:タイの新聞、左の象:日本の新聞)、アクリル絵の具、やまとのり
制作場所:日本
東京上野動物園。そこには、タイからきた年老いた雄象がいる。なまえはメナム。38年前、野生で生活していたところを捕獲され日本にやってきた。家族はいない。メナムはタイと日本の間で何を見、感じてきたのだろう。

[下の写真の説明]
2004年10月masuii R.D.Rでの展示風景。2003年以降、絵の具やカラー色鉛筆を一切使用しない手法の研究
に取組んでいる。色はその日の新聞にある色を活用。






インターネット上でカンボジアに関するイベントを検索しているとき「私の愛する泰と日本展」というタイトルを発見した。私が眼にとめたのは、紹介文の中の「(作者は)タイ、ブータン、カンボジア、日本などのアジア諸国を中心に滞在し、制作しています。」という文言だった。
早速メールを送ってみた。カンボジアでのアート制作とはどんなものなのか、興味があったからだ。しかし作者とタイとの関わりは深いものの、カンボジア滞在は短かったようで、カンボジアにおける制作という私が期待したテーマでの答は聞けなかった。しかしカンボジアという狭域からアジアにまで視野をひろげるのも面白いと考えて、インタビューをお願いすることにした。
相田さんの作品については、ことばで説明するよりも実物を見ていただくべきだが、最初に作品のコンセプトを聞いた時思い出したのは著名な現代芸術作家、河原温 のことだ。“I AM STILL ALIVE”や“One Million Years”などの作品には、よく理解できないにも関わらず不思議な衝撃を受けたおぼえがある。
タイに住んでタイの風土と交感しながら制作するということは、私の感覚ではその土地の湿潤に溶けていきそうな危惧がある。そしてまた溶けていってもいいという感性の人がそこに住むのではないかという気がする。
相田さんの現在の制作活動、「新聞絵日記」は自分の内面をかなり直接的に晒すという危うさもあるが、これは小説家やその他の表現する人々にも選択する人のいるひとつの手法ではある。私自身はどちらかというと自分の「個」を露出することをはばかる人間らしく、相田さんの試みは新鮮に映り、また危うさも感じたのだった。
ひとつの異国との対話の中で制作活動を続けることを決意したようにみえるひとりの創作者の変遷を見守りたいものだ。

***

相田ちひろさんからのメッセージ

2001年11月より、もっとアジアを見、感じたいとブータン・タイ・カンボジアと南アジアの仏教国を中心に旅に出、旅先での感情を現地で購入した新聞上に重ね描く作品、「新聞絵日記」を考案/制作しはじめました。
2003年より、「新聞絵日記」を展覧会等で発表しはじめ、今年2005年にはタイ出身のパートナーとのユニット、レンコン組合を立ち上げました。これからしばらくは、旅を中断しタイと日本に焦点を絞った制作活動に力を注いでいこうと考えています。

※経歴
1975年 東京生まれ
1997年 武蔵野美術大学短期大学部工芸工業デザイン専攻卒業
1998年 同大学同学部専攻科終了
2000年 会社退職
2001年 〜アジアの仏教国をテーマに制作をはじめる。

※展覧会歴
[GROUP]
1996年 東京テキスタイル(東京目黒)にてグループ展 
1997年 武蔵野美術大学卒業制作展(武蔵野美術大学内)
           〃           (東京麻布美術館)
1998年 武蔵野美術大学卒業制作展(武蔵野美術大学内)
         〃                   (東京麻布美術館)
2000年 ARTBOX大賞展受賞記念展(アートミュージアムギンザ)
2001年 二人展(ARTBOXギャラリー)
2003年 4th SICF出展(ワコールアートセンター)
2004年 5th SICF出展(ワコールアートセンター)
[SOLO]
2004年 私の愛する泰と日本展(masuii R.D.R)

※その他
2000年   ARTBOX大賞展にて審査委員賞受賞
2001年 現代日本のイラストレーション掲載
      発行:ARTBOXインターナショナル
      その他、雑誌のイラスト業やフリーペパーに作品掲載。
2005年 3月にパートナーとのユニット、レンコン組合立ち上げ。

*** 新聞絵日記とは ***
「新聞絵日記」制作コンセプト
「新聞絵日記」は、社会の出来事と個人の出来事が同時記録されている作品です。
つまり変化しつづける「時」 の中に日々の「感情」を残そうと試み、「時」を示すものとして新聞をキャンパスに個人の「感情」を重ね描いている作品です。
 新聞絵日記を制作しはじめたのは2001年からで社会との葛藤を抱えながら旅に出たことがはじまりでした。こころから沸き上がるものを描きたい、もっとアジアを知りたいと丁度パートナーが仕事で 異動になったバンコクで制作をはじめ、仏教というひとつのテーマをもとにタイ国内、ブータン、カンボジアとまわり、そこで売られている新聞上にその日私が見たこと、感じたことを重ね描いていきました。毎日描くことで、どこの国にも社会は存在し、個人の感情は、しばし社会とはまるで別空間に属するかのような動きを見せることに気付き、社会の動きと個人の感情は常に比例しているわけではないことを感じとりました。又、社会は極めて個人的な小さなものから、その国独自のもの、世界共通のものがあり、どこへ移動しようとも生きている以上決して抜け出すことはできないというあたりまえの事実に気づかされたりもしました。
紙面に出ることのない個人のこころの中に存在するちいさな小さな社会を紙面上に重ね描く行為は、新たな社会感を伝えると同時に社会の中のひとりの人間の冷酷な孤独な現実を映し出していると感じています。

*** レンコン組合とは ***
レンコン組合とは、私たちのアートユニット名です。
ユニットを組んでいるのはTHAILAND出身のHONGと日本出身のCHIHIROです。私たちは、お互いの国を行き来するなかで、又それ以外のアジア国を旅するなで、安心感と大胆さをあわせ持つ蓮の花たちにこころ惹かれていきました。
それは、どこの国のどの場所でも花咲き乱れる池の前に立つと静寂とともにさわやかな風がお互いの身体をすり抜け、こころ穏やかになるのを感じたからです。いつも、「大丈夫(マイペンライ)」と語りかけてくれる彼らにはきっと私達が忘れかけているアジア共通の思いが託されているに違いない。。。
そう信じ励まされこのサイトをオープンしました。
私たちなりのアート視線でとらえたアジアの特にタイと日本の素顔を紹介することで、お一人でも多くの方にそんな蓮の花の回りに流れる風をお届けすることができればと思っております。
そして、いつの日か風を感じ受け取って下さった方々の、その思いがしっかりとした根(レンコン)となり連なっていくことを私たち二人は夢見ております。

ウェブサイト(2005年4月公開予定):http://www.renconart.info
 

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