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1 オフラインの衝撃 電子会議に出入りしているといろいろなひとの名前をおぼえる。そのうちに会社の同僚と同じくらい見慣れた名前に見えてくる。 そういえば、電子会議での付き合いも会社の同僚に似ているところがある。通勤すれば毎日会える。欠勤がつづくと心配になる。たまたま同じ会社に入っただけなのに一緒にいなけりゃならない。 そして飲みにいったときの話題は「内輪ばなしほど面白い」。 「オフラインのご案内」をプリントアウトして家を出る。 電車のなかでもなんとなく落ち着かない。きょう会うひとたちは全員初対面だ。ドキドキしている。 しかし不思議だ。初対面には違いないが名前は見慣れているし、ネット上で話し合ったこともある。それどころか性格とか考え方までよくわかっている気がする。きょう会うひとたちは初対面なのか旧知の友人なのか? 「オフライン」という名の会合は前置きなしに突然本題に入る。奇妙な親和力が集まったメンバーを包んでいる。もう話したいことはみんな話し終わっていて、話すためにではなく、なにかを再確認するためにだけ集まった気さえする。 気がついてみるといろんな年代のひとが集まっているし、職業も経歴もさまざまだ。しかしそんなことはどうでもいい気がする。こんな雰囲気はなにかと似ているな。 なんだろう。この雰囲気。そして気がついた。これは列車のなかでの会話に似ている。長距離列車の中でとなり合わせたひとと会話が始まると急に身の上話を聞かされたりすることがある。相手の名前も経歴もなにもかも知らないのに、すこしのあいだ話をしているだけで不思議な親しみが湧いてくる……降りてしまえばもう会うこともないひととの、親和力に満ちた会話。 オフラインでの驚きは文体と書き手の容貌のギャップに主な原因があるようだ。 電子会議での発言は知らずしらずのうちに書き手の顔かたちを想像させる。やがてそのひとについての勝手なイメージがふくらみ、ついにはあのひとはこんな顔でこんな雰囲気のひとであると決めつけていたりする。 オフラインで会ったひとの印象が電子会議の発言からの想像と違っていたとしても相手にはなんの罪もないのだ。それなのに、 「あなたはネット上での印象と違いますね!」 と問い詰めようとする自分に気がつく。ああ! 89/01/10 2 電子メールは気楽な手紙 昔から手紙をほとんど書いたことがない。 書こうとすると気が重い。便箋に向かって呻吟したことも一度や二度ではない。手紙を日常的に書けるひとが羨ましい。 比較的手紙を書こうと思ったのは外国にいるときだったが、それは手紙というよりも「俺は生きているぞ」という報告みたいなもので、内容はさっぱりだった。 自分で書いていても無味乾燥だなと感心してしまうような手紙の書き手だったわたしが電子メールにはなんの抵抗感も持たなかった理由は電子メールの秘密でもあるだろう。 電子メールは手紙であるともそうでないとも言えそうだ。 手紙であると同時に伝言メモであり、報告書や議事録、原稿や通達、その他ありとあらゆる姿をとって瞬時に配達される魔法の郵便だ。 封筒もなく肉筆のあたたかみも感じられず、物体として何百キロを旅してきた思いでのようなものもまつわりついてはいないが、ことばそのものが空間を旅してきたとは、なんとなく信じられる。 普通の郵便なら封筒を手にとって、それが楽しい知らせかそれとも頭痛の種になりそうか、想像がつくだろう。電子メールは文面を読むまでハラハラドキドキがつづく。 封筒も便箋もないことばだけが何百キロも旅してきた、それも瞬時に! 手紙とのちがいは、短時間に頻繁にやりとりできることだとも言える。日本全国に散らばった何人かと一日に五回も六回も電子メールをやりとりして、複雑な打ち合わせをこなした経験は、この通信手段の長所を再確認させるものだった。 しかし、問題がある。 電子ネットを利用したコミュニケーションのメリットを享受するためにはネットへのアクセスを繰り返さなければならない。 かくしてわたし自身が端末に接続された人間デバイスとなりはてる。これはちょっとした喜劇だ。 慣れは恐ろしい。 電子メールが届く毎日が当たり前になった。 すこし得意だ。未来に片足を踏み込んだ気もする。しかし、手紙を書きたい相手には届かないのが現在の電子メールのかなしさだ。 だれにでも電子ネットワークを通じて電子メールを出せたら! むかし好きだったひとはいまどうしているのだろうか?と思った時にデータベースを検索してそのひとのIDを捜し出すことができれば、電子メールという通信手段は有効だと、誰にも胸を張って言えるのだが。 しかし、まてよ。 いままでは昔の恋人の消息なんてすぐ途絶えてしまい、過去は遠ざかってゆくものだったが、「途絶えない消息」は意外にしんどいものであるかもしれない……電子ネットの普及についてはもういちどよーく考えてみよう。 89/01/13 3 電子ネットの鬼ごっこ 電子ネットにアクセスしているとき、頻繁にUSTコマンドを叩いているのはわたしである。だいたい1分に2回は叩いている。というのはオーバーだが。 なぜUST コマンドを叩くのか? ようするに、いま誰が電話線のずっと向こうに張りついているのかが知りたいだけなのだが。 たとえば5秒に1回USTコマンドを叩きつづけると、夜ならば頻繁にひとが出入りしているのが手にとるようにわかる。ずっと消えないひとは、オンラインで苦しみながら書き込んでいるか、どこかの会議室の全部をダウンロードしようとしているのだろうか。何回も出たり入ったりしているひとはRTの相手を待っているのだろうか。 昼間、誰もいない時間にひとりでUSTコマンドを叩きつづければ、誰もいない会議室でひとりで座っているような孤独も味わえる。そんなとき急に見知らぬIDが現れて、ひとりで画面に向かって驚いているのは異様な光景だろうか。異様だろうな。 あるフォーラムに入ったとき、USTしてみて見慣れたIDがあると、いきつけの喫茶店で友達にあったような気がする。 おそい午後の時間であれば、そのIDの主はおそらく仕事の区切りに(というか無理に区切って)アフタヌーンティー・アクセスをしているのだろうし、起き抜けのアクセスでUSTした時見つけたUDの主はヤマアラシのように髪を逆立ててCRTの画面(じゃなければLCDの画面)をみつめているに違いない。 すこしすると見慣れたIDが消える。あのIDの主はどうしたのかな。アクセスを終了して仕事に戻ったのだろうか。懲りもせず他のフォーラムに出かけたのだろうか。 しかし、行きつけの飲み屋が決まっているように、見慣れたIDの行き先も想像はつく。未読を消化して次のフォーラムへと向かう……その先でさっきのIDを発見すると、あっやっぱりここだったの、とか、相変わらずだねえとか声をかけたくなる。 あるひとに急いで連絡したいことがあったときなど、IDを探してフォーラム間探査旅行に出ることもある。あるフォーラムに到着してUST探査をおこなう。いた! しかし、一瞬ののち、そのIDはどこかのフォーラムにワープしてしまう。じゃ、つぎの目的地はどこか? 電子ネットワーク上でも、その先は勘の勝負になる。ヤマカンロケット発進! 89/01/14 4 ログ、ついに雪崩となる わたしがログをきちんととる方かどうかはわからないが、電子ネットワークへのアクセスを始めて18カ月でダウンロードしたログは2HDフロッピーで約100枚。このうち75%がオアシス文書で残りがMS-DOSのテキストファイルになっている。 通信をはじめた当初、全てのログをプリンタ出力していたが、フロッピー1枚分をプリンタから打ち出すとぶ厚いファイル1冊が一杯になり、五千枚のコピー用紙がみるみるうちに消費されていくのを見て、だんだんに自分がなにをしているのかが分かって来た。それで、ごく一部だけをプリントして残りはCRT上で読むことにした。 先日、100枚のフロッピーに記録してあるログの文字数を大雑把に計算してみたら、単行本100 冊にあたることがわかった。それもかなりの長編小説にして100冊分。どうりで最近本を読まなくなった。いやはや大変な読書家になったものだ。 この100冊の本はひとつの長編とも言える。 登場人物は無慮数百人、いやそれ以上にのぼる。幾百ものストーリーが同時進行し、それらが交錯しからみあう。 あちらこちらにつぶやきや発見、もめごとや感激がある。 ひまつぶしや出会い、誤解や和解もある。 まるでアジアの市場のように、ありとあらゆる理知と感情の交易の場所でもあるようだ。 こういうのを情報の洪水とか言うのだろうか。 あまり実感もわかないけれど、これらのログにはたぶんずいぶん貴重な情報も含まれているはずだし、なによりも時代が織り込まれているに違いない。 そう思って、いまはただ増殖を続けるフロッピーの山をながめている。 いずれこれらの混乱した情報をなんらかのかたちに整理してくれる手段が現れるに違いない。 もし現れなければ、わたしの頭のどこかにすこしだけ残っているフロー情報の痕跡だけがわたしの電子ネットワークとの関わりの記念碑ということになる。 100メガバイトの文書をひとつのファイルとして扱うことが簡単にできたらいいな、と思う。 やすみなく往復するドットプリンタの騒音の中で、どこまでもスクロールしてゆくCRT 上の緑色の文字を見ながらわたしは時々思う。 わたしはひとつの時代のはじまりに立ち会っているのだろうか。 それとも時代の変り目にいつもいる変人たちの仲間入りをしてしまったのだろうか。たとえばライト兄弟以前の人力飛行機の発明者たちのような。 ま、深刻に考えることでもない。 理屈はともかく、電子ネットワーク上ではひとに会えるし、知らなかったことも教えてもらえる。ちいさかった自分は希薄になりながらもすこしづつ拡大する。そのへんにとりあえずは満足して、きょうもモデムのスイッチをON ! 89/01/16 5 ネットを遠くはなれて 去年の秋、ひさしぶりに山歩きをした。 夜行バスで群馬県の尾瀬に行き、2日ほど散策したのである。 早朝の霧のなかを歩きはじめ、尾根ぞいに至仏山に登り、頂きから見事な眺望を楽しんだ。尾瀬ヶ原に下りて湿原の上に架けられた木道を歩き、原の北端の小屋に一泊した。 山小屋は自家発電で、電話も通じている。尾瀬は独特の植生と生態系を持つひとつの隔絶された世界であるのだが、わたしは夜になって家に電話をして誰からどんな電話があったか確かめることができた。 そのときは持ち歩けるワープロを持っていなかったので、四、五ヵ月ぶりに「毎日アクセス」が途絶えた。山小屋の窓からは次第に暮れてゆく尾瀬ヶ原が見えていた。しんしんと冷えてきた。ちいさな石油ストーブのそばで猫のようにちぢこまりながら、やけに静かなのに気がついた。 以前は頻繁に山の中や旅先で夜を過ごすこともあったけれど、ここのところほんとうに単調な生活をしているな、と今更ながらに思った。 最近、日常生活とネットへのアクセスはもうすっかり調和して境界の見分けがつかない。しごとの手をやすめてアクセス、ほんの数分でBYEを叩いている。そんなことの繰り返しだ。 メディアとしての電子ネットワークは、実に控え目だな、と思った。 配達される電子メールはこちらから確認しないかぎりじっと待っている。喧騒に満ちた電子会議も、アクセスしなければあたかもそれ自体が存在しないように思える。途切れなく注ぎこまれるCMもない。 唯一の喧騒は書き言葉でも話し言葉でもない文章(でなければ言葉)の調子から生まれる。そう、ことばが洪水のように流れる世界だな。 こちらがアクセスの意欲を失えばたちどころに消えてしまう危うい空間でもある。煙のように消えないようにするためには、繰り返し水をやるようにアクセスしなければならない。 しかも困ったことに、電話料金やアクセス料も支払いつづけなければならない、それこそ水のように。 ふと、こんな情景を思い浮かべた。 大きな部屋。その真ん中に、丸いスポットライトが当たっている。 暗がりのなかにはどうやら大勢のひとがあぐらをかいて座っているようだ。 スポットライトに照らされた舞台のようなところには誰もいない。 やがてひとりが出て来てなにか言っている。笑い声。べつのひとが出てきた。 大声の演説に非難の声。ぼそっと冗談をいうひともいる。大勢のひとがスポットライトに照らされて口々に話している。 ひとり去り、ふたり去って、また舞台は無人になった。まわりのくらがりにはあいかわらず大勢のひとがあぐらをかいて舞台を見ているらしい。 ……だいぶ時間がたったようだ。 すっかり暗くなった。窓の外はもう見えない。食堂に向かう登山者たちのざわめきが聞こえている。 あしたから電子ネットワークへのアクセスをやめられるか? 簡単にやめられる。 では、電子ネットワークを通じて知り合ったひとたちとのつき合いを、あしたからやめられるか? 自信がない。すくなくともわたしは。 89/01/20 6 電話・電話・電話! こんなに電話との付き合いが深くなるとは思ってもみなかった。電話というのは受話器から声の聞こえてくる糸電話の成れの果て程度のものだと思っていた、というわけでもないけれど。 いま、わが家には3回線引いている。自宅用が1、しごと用が2。しごと用の2回線には、モデム2台・ファクシミリ1 台・電話2台がごちゃごちゃと繋がっている。その他にラップトップ内蔵のモデム1台、FROM9MDの内蔵モデム、遊んでいるモデムが更に2台……なに?モデムが6台もある! このしごと用の2回線は錯綜するモジュラーコードでがんじがらめにされており、モデム切り換え器によってシャム双生児のようにひとつに繋がってもいる。怪談である。 電話代も馬鹿にならない。通常の通話に加えて電子ネットワークへのアクセス、ファックスとしての使用(これは海外との送受信もある)もふくめて、信じられない額が電話代として消えてゆく。あ、忘れていた、ポケットベルもあった! なんでもやり過ぎると滑稽だ。 わたしなどまだまだ序の口で、もっと凄まじい電話中毒者がいるに違いない。きのうホテルのロビーでへんな英語で話しつづけて受話器をはなそうとしないプッツンのおじさんがいたけど、あれは話がちがうか。 電話とは、ごくまっとうにつき合ってきた。長電話なんてしたこともない。電子ネットワークに出会うまでは。それが、昨年12月のニフティへのアクセス時間だけで60時間を超えた。毎日2時間の長電話。フォーラムのオープンのためとは言え、自分にあきれた。 ずっと以前に見たウディ・アレンの映画で、主人公の友人のビジネスマンがとにかく四六時中会社(の秘書?)と電話連絡を取り続けるギャグがあった。 あの時は笑って見ていたわたしだが、いま見て笑えるかどうか。 これから、いやでも電話と付き合わなければならない。 スパゲティのようなモジュラーコードに足をとられないように気をつけて、電話回線によってもたらされるバラ色かもしれない未来へ向けて、それでは、さ、スタート。 89/01/22 7 ネットワーカー燃え尽き症候群 自信をもって言い切ることはできないのだが、ネットワーカーのタイプのひとつに燃え尽き型があるように思う。 ネットに出現した当初から嵐のような書込み。独特の文体。おぼえやすいハンドルネーム。いつしごとをしているのかわからない程のアクセス頻度。 ……そんなアクティブネットワーカーの書込み頻度が突然落ちる。そんな場合、アクティブな彼(彼女)は自分のホームグラウンドをなんらかの理由で変えたのかもしれない。しかし、そうでなかった場合、彼(彼女)は「燃え尽きてしまった」ことになる。 「ある朝遅く、どこかの首都で眼がさめると、栄光の頂上にもいず、大きな褐色のカブト虫にもなっていないけれど、帰国の決心がついているのを発見する。」これは開高健の『玉、砕ける』のはじめの部分だが、燃え尽き型ネットワーカーにもこうした朝が来るのだろうか。 ネットワーカーにとっての帰国とは、開高健のように帰りの航空便の予約をするのではなく、モデムのスイッチを切ることで突然にやって来る。そのモデムのスイッチを入れさえしなければ、彼(彼女)の前に電子ネットワークは永遠に姿を現さない。電子ネットワークはじっと待っている、しかし決して自分からは姿を現すことがない。 なぜ燃え尽きるのか……「燃え尽きる」という言い方はおおげさかも知れない。ある日突然ゴルフをやめたひとは、「ゴルフにはもう飽きたんだ」と言うだけかもしれない。しかし、電子ネットワークをやめたひとにはゴルフにあきるのとはすこし違ったニュアンスがあるように思う。 電子ネットワークにもいろいろな要素があり、オンラインデータベースなどの情報サービスや電子メールなどのコミュニケーションについては別に「燃え尽きる」こともないだろう。わたしがここで取り上げているのはいわゆる電子会議等の集団型コミュニケーションの場合である(ニフティで言えば、フォーラム)。 その電子会議(フォーラム)のレベルが変化して自分に合わなくなったと感じた(変化の方向は高くなって追いつけない、低くなってバカバカしくなった、興味の方向が自分とは違う方向にずれてしまったなどいろいろあるだろう)、ケンカで傷ついた、アクセス料金に対して得られるものが少なすぎると感じたなど理由はいろいろあるだろう。しかし、わたしの印象では主な理由は電子会議(=相手側)にあるのではなくて自分の側にあるように思う。 自分が変わるのだ。自分がのめりこんでいた電子会議がある日突然つまらなく見える。それは自分が変化しているのだ。そして、理由はともあれ、電子ネットワークへのアクセスをやめることは、コミュニケーションチャンスの放棄であるだろう。 燃え尽きの予防法。 まず、あまり熱くならないこと。熱くなってもひとかけらの理性を残しておくこと(笑)。CRT(でなければLCD)から離れて静かな森を散歩すること(あ、これも笑ってしまう)。オフラインに参加して生身のコミュニケーションをこころがけること。 わたしは出来ればどんな意味のコミュニケーションチャンスをも手放したくないと思っている。双方向ではなく多方向メディアとしての電子ネットワークはまだ黎明期である。2001年までこのメディアの成長を見守ってみたいというのがわたしの希望だ。燃え尽きないように、気をつけて。 89/01/30 21:39 8 スローなRTにしてくれ あるフォーラムにアクセスしたとき、こんなふうに示されることがある。 −現在リアルタイム会議には5人います− ……リアルタイム会議(略してRT)が、わたしは苦手である。 その理由のひとつは親指シフトキーボードを使っていながら打鍵が遅くて、高速RTの世界からはおちこぼれてしまっていること。 RTにわたしが参加すると誰かが発言してからず〜っとたってオオボケコメントをつけてしまう。で、結果的にそのRTはオオボケRTになってしまう。 だから、あまりやらないRTに参加すると、わたしは邪魔にならないようにRT空間の隅っこにいて、ときどき「あはははは」とか「なるほど」とか、タイプしやすい文句で反応してなんとか存在証明をしようとする。「それでもわたしはここにいるぞっ」 スローなRTで、かつ相手がひとりかふたりなら、わたしでもゆっくりとしたペースでなんとか話ができそうではある。 あまり参加しないRTの印象は、「RTでの会話は外国語で話すのに似ているな」ということだった。 外国に行ってたとえば列車のコンパートメントの中で、どこの国のひとかわからない同室の旅行者と会話がはじまることがある。 簡単な会話ならなんとかついていける。しかし、客観的に見てわたしの会話は電報みたいなもので、なんとか意味は伝えていても表現力に欠けている。 わたしのRTレベルは、ほぼわたしの英会話能力に一致している。 おそいRTならなんとか。高速RTなら、うなずくだけ。 わたしは電子会議型のコミュニケーションこそが電子ネットワークの核心だと思っていたのだが、RTに代表される「指の会話」の世界を垣間見ると、RT空間の持つある種の興奮を認めないわけにはいかなくなってきた。 そこには多少粗くとも生の会話に似た息づかいがあり、ときどき会話よりも生々しい息づかいが聞こえることもある。 多人数でやるRTは立食のパーティだが、二人きりのRTは密会にも似ている。静かな落ち着いたインテリアの喫茶店の一番奥の席だ。 RTの世界の特徴のひとつは、立食のパーティがあっという間に密会に、密会が瞬時にして大宴会になりはててしまう、そんな場の変化だろうか。特にひとが激しく出入りするフリートークのRTでは、場の変化は実にめまぐるしい。 RTのもうひとつの特徴は、表現が過激になりがちなことであるように思う。 それがまた面白い、といえるのだが。 −現在リアルタイム会議には5人います− …… USTコマンドをタイプする。誰とだれがリアルタイムの指の会話を楽しんでいるのだろうか? IDの組合せを見れば話題だって想像できる。 一瞬ののち、わたしは会議室の番号を選択して、電子会議の森に入ってゆく。 ほとんどは気楽な、しかしときどきドキリとする知らせや出会いに満ちた指の会話のざわめきの傍らをすりぬけて。 89/02/01 9 ほんとの手紙が来た 年が明けて、わが家にも年賀状が届いた。 いつもの年と違うのは、ネットで知り合ったひとたちからのものが混じっていたことだった。 ネット上では頻繁に電子メールをやりとりしていたひとからの年賀状を、気がつくとわたしは珍しいものを見るようにして見ていた。 本来、年賀状などというものは特に感慨にふけることもなく目の前を通り過ぎて行くはずのものなのに。 珍しかったのは書き文字だった。 昔から「書はひとをあらわす」とか言われているけれど、ネット上ではだれもみな同じ書体(?)で書き、話している。 ネット上の友人からの年賀状に、ほんとうは見てはいけないのものを見ているような気がした。へんな感じだ。 書き文字に反応しているわたし自身がおかしくもあった。 それらの年賀状の束が実際に時間と空間を越えてきた、ということにも感動した。郵便車に運ばれ、ひとの手によてわが家の郵便受けにまで届けられたのだ! うーん、なにか妙な感覚にとらわれているようだ。 ネット上で議論したりじゃれたりしていた年令も職業も住む場所もばらばらのひとたちが、もともと居た場所について教えてくれる貴重な一瞬でもあった。 彼らの職業と履歴を思い起こし、また想像する。インパクト! 電子文字を基本的なコミュニケーションの手段としているネット上のつきあいでは、相手についての情報はノイズを含まない「ことば」そのものだが、普段のつきあいではむしろノイズが重要な情報とみなされているように思う。 それが、ネット上では、逆転現象が起こっているようだ。 普通、われわれはしごとや学歴、社会での序列みたいなものに敏感ではあるが、会うひととそれほど打ち解けて話をするわけではない。 学生時代の友人はともかく、ある程度の年令になると友人を作るのはだんだん難しくなってくる。 ところが、ネット上では、まず友だちになる。相手の性格や考え方などをずっと前からよく知っているような気になる。 つぎに、ノイズ情報。どんな顔をしているの? どんな家に住んでいるの?どんなしごとをしているの? などなど。そして、ノイズは本来の情報を補強する材料ではないようだ。 ネットではそのひとの人間性が全部見えてしまう、と言い切る勇気はないけれど、或るひとの興味の所在、考え方、好き嫌いなどはかなりわかるような気がする。ことによると、配偶者よりもネット上の友人たちの方が知っているのではないか。寡黙な夫がネット上で雄弁になにを語っているか、知りえない妻は幸せか、それとも不幸せか。 89/02/06 10 夢のホームオフィス わたしはいま自宅の一室でしごとをしているが、何年か前から「ホームオフィス」を持ちたいと思いつづけている。 自分の家でしごとをしているのなら、事実上の「ホームオフィス」だろうと言われそうだが、違うのだ。ホームオフィスはカッコいいのだ。 どうカッコいいか。まず、6畳一間ではない。しごとと休息、緊張と弛緩の両方にふさわしい空間だ。単なるしごと部屋ではなくて、ひとの集まる場所でもあり、シェイプアップの空間でもあり、……まあ自分勝手に出来る多機能スペースというわけだ。 マンションと呼ばれる都市住宅の狭い一室が現在のわたしの仕事場だ。わたしの住んでいる「マンション」は訳すと「殿下」とか「高貴な身分」とかいう意味だが、こんな名前、ガイジンに言えるか? 部屋にはデスクがふたつ、補助机がひとつ、ワープロやテレビモニター、混迷を深める一方のファイリングシステム、乱雑に積み重なった本の山がいくつか、PPC、ファックス。ああ、もううんざりだ。 そんな場所で、2才半になる娘の侵入に耐えながらわたしはしごとをしている。しかし、ここ何年か自宅をしごとの場としてみて、いいこともあると思うようになった。 通勤時間ゼロ。外食回数が激減。フレックスタイム制の完全実施。 以前、こんな家族の姿をテレビで見た……深い森の中の湖に浮かぶ手作りの家に住み、父親と息子は森の木を伐採して生計を立てている。あたりには人の気配はまったくない。家族だけの生活。 わたしは樹木を伐採して生活しているわけではないが、東京という大都会の森の中で、どこか似た生活様式に憧れているのかもしれない。 サラリーマン時代、1日15時間をしごとと通勤とに費やした。そうした生活を肯定も否定もしないが、夢のホームオフィスはだんだんにわたしの理想の生活様式のシンボルとなり、その具体化こそがわたしの当面の目標だとすら思うようになった。 カッコいいホームオフィス。 わたしが最初にホームオフィスを思い描いた時、まだ電子ネットワークと出会っていなかった。すこしさびしい仕事場のイメージだった。 しかし今わたしがはっきりと想像できるホームオフィスは、静かではあるが騒々しい。なぜなら外部の世界とのおびただしい交信の結節点であるはずだから。 静かな音楽が流れるひとりの仕事場。ワープロに向かうわたし。……ところが、そのわたしはしごとをさぼってネットにアクセス中で、同時に3人とのSEND合戦に汗を流している……いやいや、これはよからぬ想像だ。 ホームオフィスには静かな機械の群れが似合う。わたしを指揮者として、勤勉な機械たちが働く清潔な環境。これはロボット幻想だろうか。 電子機器の価格が劇的に低下しつづけ、性能の向上はとどまるところを知らない。「知の工場」としてのホームオフィス幻想は、投資額から見て幻想の域を脱した。あとすこしで現実のものになる。 わたしの「殻」としてのホームオフィスはだんだん実現に近づいている。あとは、中身だ。おーい、わたしの頭の中身! 89/02/07 |