Dear Businessman 2
 
第1回
 どんどん繋げ!

 
 1月17日に起きた阪神大震災はその災害の大きさはもちろんのこと、さまざまな教訓と示唆を我々に与えた。我々の社会の全体が一番に問われていることで、しかも最も足りないのがこれからの生き方についての考察であって、どんな社会を我々は作っていくか、そのコンセプトの問題だという気がする。その生き方というのは、いかにしてヨコの孤立から脱し、ネットワーク型の社会を作るかということだと私は思うのだが。
 大災害に直面しての国や自治体の対応能力には限界があり、今後も多くを期待することはできないということが分かった。あとは我々が動くしかない。どんな事態にも対処できる巨大システムなどあり得ないのなら、自由で柔軟な情報が(縦横無尽に)流れ人が交流する「軽い」システムの方が危機に対応する能力が高いに違いないとパソコン通信の中で育った私は信じているわけだ。実際にはこのふたつのシステムが協力しあうことが必要だし、そのような試みはすで始まっているようだ。
 予想しえない事態に直面したら、拙速をモットーに志のある小さなグループが独自の判断によって動く。そのような小グループが次第に相互のコミュニケーションを作りだす過程で全体が見えてくる。一刻を争う状況下では分断された個人のとれる方法はそれしかないだろう。ルールはその場で決める。予想外の事態にはその場で判断し行動する。そのような行動様式の基盤となるネットワークがあったなら、一見ばらばらに見える行動は効率を増し、それぞれに意味を持つはずだ。
 まずは日常的な情報とコミュニケーションのネットワークを作ることから始めたい。別の町で同じ仕事をしている人同志、同じ町で違う仕事をしている人同士、どんな属性の組み合わせでもいい。相手が何を考えているかがわかり、話し合うことが日常的に行われている場は柔軟でしたたかな拠点になりうる。そのための装置のひとつとしてパソコン通信も存在しているのだ、と。
 乱暴にとりあえずはヨコにどんどん繋いでしまえ。タテ割りになっている組織、個人、団体をつないだからといって即座に有効なコミュニケーションが生まれるとは限らないが、しかしまずは無数に場を作るのだ。パソコン通信の面白さは、大それた考えもなく始めたとしても次第に「ネットワーキングの思考」を身につけていくところにある。ネット自体からネットワーキングを教えられるわけだ。ヨコに流れる情報がどんなに人の絆を深め助け合うのに役立つか。その情報がどれほど現実感にあふれ、そこにいない人間にも何かをしたいと動機づけるか。これは個人間に限らず組織間でも同じだろう。
  パソコン通信をやっていると人間は多くの場合当事者が思ってもみないほど孤立しているものだと感じる。タテ社会としてはそれなりに組織されているのだがヨコ方向に孤立している。そんな中で急増するパソコン通信のユーザーは今はあまり見えてこないけれど、ヨコに風穴をを開けるという役割を果たしうる人々である。
 
補足
 非常時に際してヨコのコミュニケーションをコーディネートする場が必要だ。その意味で震災ボランティアフォーラムの登場とその後の展開に注目したい。これは大いなる実験の始まりかもしれない。
 
第2回 WWWの汀にて
 
 最近は新聞雑誌などでインターネットという言葉を見ない日がないほどだ。WWW、使いやすいブラウザ、そしてダイヤルアップIP接続を安く提供するプロバイダの登場によって、自分には関係がないと思っていたインターネットが急に身近に感じられてきた。その結果私にもかいま見ることができるようになったWWWの世界はパソコン通信の文字だけの世界と比較すると目にも鮮やかだ。カラーの静止画像や動画がリアルタイムで見られるのは単純素朴に感動的だし、サーバーからサーバーへと情報のリンクを追って国境も距離も無視して瞬時に移動していくオンライン感覚もなんとも楽しい。
 現在のインターネット、特にWWWは一種のビジネス上のユートピアとして語られているようだ。ひとつの突破口としての期待感だろうか、ビジネスの世界から見たインターネットがいかに可能性に満ちているかを喧伝する人がひしめいている。しかしどうも納得がいかない。インターネットをビジネスの場として何らかの情報発信をしようとする企業は四千万人市場の幻影とインフラただ乗りのメリットに囚われているだけなのではないのか。情報社会における自分たちのアイデンティティをどう考えどう表現しようとしているのか。「わが社はインターネット上でビジネス活動を開始した」という記者発表をしたいがための「インターネット詣で」ではないのか。何よりもまず、自分で使ったことがあるのだろうか。インターネットを万能の妙薬のように語る人たちのうちのどれほどが十年後に踏みとどまっているかを確かめるのが今から楽しみだ。
 インターネットをやってみると英語の能力の必要性を痛感する。それはなにもインターネットに限らず国際社会というものが英語なしではやっていけないことを再確認するにすぎないのだが。それでも日本という無口な国家と顔の見えない企業にとってのインターネットが情報の国際社会における自らの存在証明の場として大きな可能性を持つことは間違いない。もちろん個人にとっても事情は同じだが、個人レベルでどんな情報が発信可能なのかを発信の楽しさに溺れることなく考えてみたい。日本から海外への情報発信する。海外にビジネスチャンスを求める。いずれにしても内から外へが基本的な方向だと思う。
 ブームになっているためにインターネットに微妙な反発を感じる私だが、自分自身もそのブームの一端を担っている。では私自身はどのように付き合って行くのか。あまりにも広大なインターネットの世界で途方に暮れている一人の日本人である私にとってはまず、日本のマスメディアのフィルターなしに海外の情報に直接触れることのできる場所だ。マスメディアにとって情報を盛るべき器の大きさは決まっている。新聞の紙面しかり、テレビの放送時間しかりである。この枠をはみ出た情報は全てカットされる。しかし時としてカットされない情報が欲しいことがある。われわれの欲しい情報と与えられる情報の間のギャップを埋めるものとしてインターネットを見る時、その役割はなかなかに大きなものがある。これからの時代、マスメディアを否定はしないがそれのみに頼るべきものでもないようだ。
 自分自身もホームページを持つ日が来るのだろうかと考えながらもWWWの色彩に満ちた美しい画面に引き込まれて充足している自分をしばしば発見する。情報社会に棲むことは受信することそれ自体が充足である危険をはらむ。WWWの汀に浸した足を深みに向けて踏み出すかどうか。私にはまだ決断がつきかねている。
 
第3回 パブリック・リレーションズ・オンライン
 
 パソコン通信やインターネット等のコンピュータ・ネットワークは企業と消費者との関係を変えた、あるいは急速に変えつつある。コンピュータ・ネットワークは企業と消費者との距離を確実に縮める。消費者になるべく近い距離から働きかける。直接に対話すれば最大の効果が期待できる。企業にとっての広告そしてパブリック・リレーションズ(略称PR。乱暴な言い方をすれば、企業がどのような理念で経営されているかをさまざまな情報の提供を通じて広く知らせることと言っていいだろう)はどうあるべきか、再び考える時期に来ているのではないか。
 多くの場合日本の企業は消費者に対して寡黙だった。企業は主に広告を通じて消費者に語りかけ、いわばきれいごとで済ませてきた。語るべきものを持たなかったからかも知れない。しかし企業の品格、見識、思想が問われ、発信された情報の総和がその企業の人格として認識される時代には、それら発信された情報の質と量に対する評価が結果として消費者を獲得していく。そういう文脈の中では企業が外部に向けて発信する情報の全体をどう企画し実行していくか(=PR活動)が大切になってくる。
 ところで、現代における最も刺激的なPR活動とは正確な企業情報を統合的に提供することだと私は思う。現実には消費者が抱くひとつの企業のイメージはかなり恣意的に形成される。ひとつの失敗がその企業の全面批判に繋がりもするし、逆に文化活動の地道な支援が評価されないことも多々ある。企業も人間と同じで善悪のからみ合った存在であり、その全体を過不足なく正直に開示することがPR活動の基本だ。
 パソコン通信というシステムは、面白いことにPR活動を展開する場としての要素の大半を備えている。双方向でコミュニケートできること(ここがポイントだ)、熱心なオピニオンリーダーに恵まれていること、マスとしてでなく個々人として消費者をとらえ、情報を提供し、説得することが可能なこと。情報開示の場としても最適だ。
 その内容さえ確かなものであるならば、パソコン通信の特性である情報蓄積は「一過性の」他のマスメディア以上にPR活動の説得力を増すことになるし、逆に提供される情報にウソがあったり、表面的な対応であったり、建前だけが語られたりするならばその企業に対する評価は下落する。ネットが本音の見えやすいメディアであることを正しく理解した者が勝ちだ。唯一の欠点は現在の通信人口(アクセス可能な人数)がまだ小さいことだが、これはそれほど待たなくとも時間が解決するはずだ。
 広告(アドバタイジング)の枠を越えて本来のパブリック・リレーションズが見直される時代。コンピュータ・ネットワークを基盤として企業が消費者と新たな「関係」(=パブリック・リレーションズ・オンライン)を結ぶために、その関係がどうあるべきかを考えること、そしてまたPR活動の場をデザインすることがこれからの重要な課題だ。そのためのマニュアルはどこにもなく、果敢な試みを通じて実践的にノウハウを獲得していく他はないのだが。
 もちろん、これは企業と消費者という二者の関係を越える、もっと大きなうねりの一部にすぎない。先日行われた都知事選で、ある候補者は選挙運動の感想を「闇に向かって叫んでいるようだった」と表現したそうである。見えざる大衆という架空の存在に向けて単方向性のメッセージを送信し続けることの無力感をこの候補は感じていたに違いない。時代のキーワードは明らかに「双方向」だ。
 
第4回 「見えるラジオ」の奇妙な体験
 
 最近発売された「見えるラジオ」に秋葉原の店頭で出会った。
 「見えるラジオ」はFMの電波の隙間を利用した文字放送である。文字情報はメニューから選択して表示させる。一件あたりの文字量は三十文字。情報量から来る印象は新幹線の車中で表示されるニュースに似ていて、全体としての情報量もたいしたことはない。だがラジオが「見える」というのは思いのほか新鮮な驚きがあった。簡単な操作で少量の情報を入手するというそのコンセプトはパソコン通信の対極にあり、文字情報のみであるという点でテレビと対峙する。「古いメディア」であるラジオの変態(メタモルフォーゼ)の始まりなのだろうか。
 まず、どちらかというとホットなメディアであるラジオがクールなメディアとして感じられた。「見えるラジオ」ではニュースの時刻に合わせて聞く必要はない。これは単方向で情報を送り出すラジオにとってはもしかすると革命的な出来事だ。いつでも文字情報が引き出せるその感覚は小さなデータベースにアクセスするのに似ている。情報量が少ないからその内容は言わばその日のニュースのベストテン、あるいはニュースの目次みたいなものだが世の中の動きのあらましを知るには十分だ。
 「見えるラジオ」とは情報ブロイラー的存在としての現代人に対する批評であると言うこともできる。詳細が分からないというのが一種の刺激だ。私たちは子細すぎる情報を日々流し込まれている。最近のマスメディアは事件をショーアップし感情を込め、一種の情報のイベントとして扱う傾向をより強めている。品のない見物人がそのような傾向を支えているが、彼らの顔のひとつは私のものだ。どのマスメディアにもうんざりしているが、テレビを消さないし新聞の講読を止めない。それらの情報の刺激が断たれるのが不安だからそのままにしているだけのことで、積極的に探そう、受信しようとしているわけではない。そして更に強いもっと多量の刺激が欲しくなる。「見えるラジオ」にはそのようなライフスタイルを断つような効果があるかも知れない。私が秋葉原の街角で「見えるラジオ」から最初に得た情報は横浜での異臭騒ぎのニュースだったが、少ない情報量が事件の異様さを際立たせていた。
 馴染みあるラジオという機械が情報端末になる。手に馴染んだ器に新しい酒を盛るのは手慣れた手法ではあるが、あなどりがたい。「見えるラジオ」の延長上には腕時計型のポケベルがあり、誰にでも扱える情報端末のイメージがある。一方で現在のパソコン通信は栓を開ければ出てくる水道ではなく、水道ではなく水を汲みに行く井戸だ。情報との関わりはより自覚的・能動的だが、大量の情報にまみれること自体がが一種の快感で、そのことが目的化する危険をはらむ。必要な機材、技術、知識などから来るパソコン通信特有の敷居の高さもまだ存在する。それは阪神大震災の被災者やボランティア活動に参加した人たちが痛感したところでもある。
 それまで見たこともない軽量小型のヘッドフォンを付け、ウォークマンを聞きながら町を歩くことは第一号機が発売された三日後にはかなり人目を意識する行為だった。今ラジオを「読む」のも同様に奇妙な光景ではある。だがウォークマンがライフスタイルになったと同じように、電車の中でじっとラジオに見入る人を誰も気にしない時代がすぐそこに来ているということらしい。
 
第5回 ワイヤ・フリーの生活
 
 先日、イリジウム計画のパンフレットを手に入れた。
 低い軌道を周回する66個の衛星によって世界をカバーし、携帯端末により世界中のどこでも通話を可能にするという壮大な計画である。これは私たちを世界的な規模で電話線から解放する「最終兵器」かも知れないと思った。
 コードレス電話、ポケベル、携帯電話、PHS。私たちが個人レベルで使える通信手段の選択肢が増え、しかも電話線から次第に開放していく。線がない自由は一度でも味わうと後戻りはできない。線のあるなしはまるで別の世界であって、線のある世界が狭く堅苦しいとすれば線のない世界は広くて柔らかく明るい。自宅で交わす電子メールが自分の家にポストと私書箱を置くようなものだとすれば、線のない端末による通信ではその環境が自分自身に住みついたような気がする。
 ISDN公衆電話が町に増え始めた頃に味わった「外でも通信ができる」という幸福感はあっという間に色あせた。電話(そして通信)ができるところに行くのではダメなのだ。今では都会的で居心地のいい喫茶店とか、軽井沢かどこかの静かな緑の多い場所で線のない端末を使いオンラインワークをするという夢が実現しかけている。線がなくなるということは、特定の場所に留まる必要性が薄れるということだ。好ましい環境を求めて漂流するオンラインワーカーとなった私は、電話線から自由になるだけではなく、もっといろいろなものからも自由になるはずだ。
 線から自由になった快適さを享受する代償として、いつでもどこでもコミュニケーションの可能な環境は新たな悩みを生むかもしれない。たとえば電話は割り込みコミュニケーションとでも言うべき性格を持つが、携帯電話ではその特性が際立つ。「24時間戦えますか」である。会社の電話の前を離れればとりあえずは電話に出なくともいい。そして多少時間稼ぎをして考えをまとめられる。一方携帯電話では、遊んでいる時でも自分の抱えている仕事に関連した電話がかかって来るかもしれない。内容がどうあれ、即座に返事し、最低限の対応をしなければならない。仕事モードと遊びモードを瞬時に繰り返し切り換える技術が必要な時代である。
 それならば携帯電話の電源を切って対抗すればどうか。持っているのに電源を入れない携帯電話は二重のストレスになりかねない。一度手にした携帯端末はきわめて便利なので手放したくなくなる。それが電話であれ小型コンピュータであれ、自分を情報ネットワークにリンクする鍵である。そのネットワークなるものは極めて便利だが拘束的でもある。携帯端末を持つことのことの快感と抑圧感とは、皮肉なことに、同時にやってくる。
  1978年の2月頃、長い旅の途上にいた私は、アテネの下町の安宿から日本に電話した。旅に出てから4ヵ月以上が経っていて行方不明同然だった。自分はどこにもリンクしていない、ひとりきりだ。それは二度と味わえない種類の自由であったかもしれない。ギリシャから日本への通話を申し込んでからどれくらい待ったか忘れたが、要するに申し込み、待ち、繋がり、そして話す、という一連の手間がかかった。料金は3分で5000円程度。母親と話したのはたぶん時計の秒針を見つめながらの3分だけだった。その20年後、イリジウム計画の実現に胸を踊らせるかつての青年は新幹線の中にポケットワープロを持ち込んで文章を書く。膝の上で携帯電話を接続し、電子ネットワークにアクセスして電子会議の行方を見守り、電子メールを送信する。そんなことをしていると、ふと人間そのものが移動通信体になりかけているのだなと思えてくる。
 
第6回 からっぽの書斎
 
 あの大地震が私たちに与えた影響のひとつは、モノの所有についての意識の転換ではないだろうか。富を蓄積しモノを買って豊かになりたいという願望を、揺れる大地は打ち砕く効果があった。被災した人の「モノに執着しなくなった」という言葉が象徴するようにあの地震に遭った人は遭わなかった人たちとは違った生き方をし始めたのに違いない。かたちのあるものは壊れる運命にある。営々と築き上げた富はやがて灰塵に帰する。これは忘れかけていた真実だ。大地震を体験しなかった私も、被災後の神戸を何度か訪れるうちに、ゆっくりとその影響を受けつつある。私と同様に震災の前と後では意識と生き方が違ってきたという人は少なくないはずだ。
 東京に大地震が起きたら我が家は倒壊するだろう。その家の中の自分の書斎にため込んだ情報と知的生産のすべても失うことになる。何十年にわたって蓄積された、私の書いたもの、私の集めた情報のすべてが消滅することを想像すると、単に想像しただけでその喪失感は思いのほか深い。しかし私の生産したものの中で失われる可能性の低い(そしてそう強く望みたい)ものもある。それはオンライン上に記録された私の文章表現である。
 データの保存という意味から言うとパソコン通信は自分の外部記憶装置でもある。電子会議に書き込む発言は自分自身のための(タイムスタンプ付の)メモであり記録であるという性格も併せ持つ。乱雑な私の書斎の書棚で埋もれるよりもオンライン上の方がなくなりにくいに違いない。当然のことながら、オンライン上に蓄積された自分の表現(電子会議における発言や自作のオンラインソフト)は他人のための蓄積でもある。
 パソコン通信やインターネットのようなコンピュータ・ネットワークは富、情報、知識に関する独占欲を次第に失わせていく性質を帯びているように思う。この言い方は正確ではないが、情報の共有がネットワークの基本原理であるために、ネットワーカーの人間関係、行動様式、生活意識を「情報の共有」に向かわせるもののようだ。
 例えばローカルな(自分による自分のための)情報の蓄積ということを考えてみる。私たちにとって自分のための情報の蓄積と管理というコンセプトは、どうも避けることのできない呪縛のようである。「自分のためのデータベース」を作りたい。「理想的な個人情報管理」を実現したい。情報蓄積による知的生産をしたい。それらはやってみると大抵うまくいかないのだが。
 パソコン通信にしろインターネットにしろ、コンピュータネットワーク上に蓄積された知識と情報は膨大なものだ。しかも生き物のように時々刻々変化していて、一冊の書物のようにはその全体をとらえることができない。そのような動的な情報を手元に置くことは本来不可能だが、仮に置いておくことができたとしてもそれは言わば「情報の剥製」に過ぎない。情報の全体がオンライン上にのみあり、手元にはなく、必要な時にはそこに行って読む。そして次に同じ情報を訪ねようとしても、そこにはもう存在しないかも知れない。手元には情報に触れるための道具だけがあり、更に希望的には情報にアクセスするための知恵があるが情報そのものはない。そこでは情報とはマッチ売りの少女の擦るマッチの火のようなもので、一瞬の後にはもとあった場所へとすみやかに退いて行くのである。
 これからは書斎はからっぽで構わない。モノにも自前の情報蓄積にもこだわらない。無限の情報とリンクしていればいい。コンピュータネットワークの時代には、今までと違った生き方やり方があるようだ。
 
第7回 人を動かす
 
  奔流のようにコンピューターのネットワークが広がり、そのうえでコミュニケーションが生まれ、ビジネスが始まろうとする時代である。そのうえでなんらかの行動を試みる人は早々に、いままでとは異なったコミュニケーションの方法と人の動かし方(動機づけの手法)が求められていることに気がつくはずだ。コミュニケーションの基本は不変であっても、新しいメディアのコミュニケーション特性を理解し、利用の技術を見つけだすことは、初期に出会う人たちにとっての最大の楽しみでもある。
 電子メールや電子会議をビジネスの道具として使うとき、その目的が情報の伝達のみならず、もっと広汎なコミュニケーションと、最終的には人の活性化に結びついていくのは当然の帰結だ。そこで必要とされるのは、端的にいえば「会わずに人を動かす」「文字表現で人を動かす」技術だ。電子メールや電子会議を通じてわかりやすい言葉によってひとりないしは複数(場合によってはすごく大勢)の相手に働きかけ、こちらの考えを理解させ、行動をうながす。そのためのノウハウの正体はまだまだ闇のなかである。しかしネットという場におけるコミュニケーションのあり方、そこでの人の動き心の動きにはある程度の法則のようなものがあり、それらがネットワーク・コミュニケーションのノウハウの一部をなしているのは間違いない。
 まず明らかなのは、文章表現力の大切さだろう。パソコン通信が次第に画像や音声を自由に扱えるようになっていくのは間違いなさそうだが、そのうえでの仕事の基本はやはり文字であり文章であり続けるはずだ。世の中には創造力を持った言葉とそうでない言葉の2種類が存在していて、簡明で創造力を持った言葉が場を規定し状況を作りだす。人を動かす。その源は単なる文章技術ではなく、自己を客観化すること、場の状況を理解すること、ほかの人たちの考えを知ること、そして私にはまだわからない数多くの要素からなっている。
 表現力ばかりではない。言葉で相手を動かすには、より合理的な説明が必要になるし、より「ウソのない」関係が求められる。前後の整合性も大切なポイントになるだろう。ごまかしはすぐバレる。
 では人を動かす力を持った文章を書くにはどうすればいいのか。
 コミュニケーション全般、特に実用的でわかりやすい文章を書くことがどんなにむずかしいかを知ったのは、私の場合、ネット上で手痛い失敗をいくつも重ねてからだった。私にとってのネットはいわば「コミュニケーションの砂場」であり、わかりやすい文章とは何か、文章によるコミュニケーションとは何か、それらを通じて人を動かすことがどんなことか、すり傷をつくりながら少し学んだ。
 一方、ネット上でのコミュニケーションの実情はいうならば「全員無免許運転」であって、それはいままでの日本の教育がコミュニケーションなるものをどのようにとらえていたかを象徴的に示しているように思われる。しかしこれからは徒弟制度的な学び方では間に合わない。特にビジネスに用いるのならば、きちんとしたネットワーク・コミュニケーションの教育が必要だし、その前段階として早い時期に学校教育のなかでコミュニケーションについて教えることの大切さをあらためて思う。
 要領を得ない長電話、脱線しがちで何も決まらない会議、時間ばかり食う無内容な出張の時代は終わり、電子メールや電子会議を通じての簡潔な文章コミュニケーションの合理性が勝つ。私たちはいやおうなく電子コミュニケーションの世界に引き込まれつつあるのである。
 
第8回 CUG再発見
 
  NIFTY-Serveの内部あるいは隣接した場所に一般フォーラムと同じくらいの数のCUG(Closed User Groupの略)やプライベートフォーラムが存在している。そのなかの相当数が「企業(ないしはビジネス)のためのパソコン通信」としての顔を持っているはずだ。しかしその割には目立たないなと思う。これらのパソコン通信が特定のメンバー (たとえばその企業の社員) のためのネットであるためにその存在が明らかにされないのは当然だとは思う。しかしCUG型の企業内コミュニケーション (ないしは同様の属性を持つコミュニケーション) というものがもしかすると一般フォーラム型のコミュニケーションを上回る規模と内容を持つにいたるのではないかとひそかに期待している者にとってはいささか残念な状況である。ネットワークは百の顔を持つ。CUGという顔を再発見したい。
 マスメディアがインターネット上でのビジネスについてはなやかに取りあげる時代に入って、通信販売もEDIもなんでもインターネット上でOKというような雰囲気すらできつつある。このような時代におけるパソコン通信上のCUGとはなんなのか、そのメリットは何か、概観しておく必要がありそうだ。
 グループウェアとの比較も視野に入ってきた。ロータス・ノーツなどのグループウェアが普及していくなかで、CUGに限界を感じる人も少なくないのではないかと想像する。しかし、これは私見だが、CUGは利用のノウハウ次第で実に安価で便利に使えるものだ。ただし、いわば粘土のカタマリみたいなもので、そのままでは何も起こらない。なんらかの形にデザインし、命を吹き込む必要はある。そこのところがうまくいかない場合が大半なのではないか。
  そこで、すでに導入済の方々にはCUGをいろいろな視点で再発見してみることをおすすめしたい。たとえばCUGはグループウェアであると考えてみる。作業の質にもよるけれども、グループ作業は単にそれを支援するソフトウェアの機能が高ければ作業の質が高まるというものでもない。まず、メンバーがグループ作業とは何かについて知ること体験することが質を高める出発点で、次に支援ツールに対する理解が求められる。CUGの電子メールや電子会議でも、そのシステムとしての可能性と限界を事前に熟知すればかなりのレベルでのグループ作業が可能になる。道具にこりすぎずに作業するというのもひとつの見識だろう。CUGの機能自体は高度なグループウェアとはいえないかもしれないが、人間の作業の側のシステムとCUGのシステムとを上手に統合する手法を編み出していけば成果が期待できるはずだ。その手法自体はさほどむずかしいことではなく、むしろ常識的な仕事の範囲であると筆者は確信している。
 同様に、CUGはデータベースである。CUGはEDIシステムである。緊急時におけるデータ退避エリアである。まだまだいくらもあるだろう。保守からシステムの改良まで人まかせの、こんな安楽なシステムの活用法を考えない手はないと思うのだが。
 私の見聞きした範囲では、CUGをじょうずに使いこなしている企業は、皆自分を知っている。自分たちの能力、可能性、限界、他に対する優位性、こうなりたいというイメージ、それらがわかりやすい。コンピューターを過少でも過大でもなく身の丈に合わせて評価し、平常心で使っている。CUGそのものも過大にも過少にも評価していない。ひとつの手段、ひとつの道具として使っている。CUGの使い方を再点検し、肩肘はらずに活用の手法を編み出す過程で、見えてくるものは少なくないはずだ。
 
第9回 時代のハードル
 
 時代というものは、時々ハードルを用意してわれわれに挑戦してくる。そのハードルを越えられる人とそうでない人との間にある決定的な差異が生じて、それが生活レベルの差となり、社会的な上昇と下降のきっかけになる。歴史の中の勝者と敗者が生まれる局面に他ならない。ただし、ひと昔前のBASIC 学習ブーム(?)の例のように、真にハードルであるのかどうかは多少時間が経ってみないとわからない。結局は自分で判断して、時代に賭けることになる。ここでは、これからの「時代のハードル」として,単にパソコンを使えるかどうか、キーボードが打てるかどうかだけではなく、パソコン通信やインターネットによるオンラインコミュニケーションのスキルをあげることにしたい。
 ネット上にはオンライン感覚なるものが存在する。それは他人と深くつながっているという感覚だ。どのようにつながっているかといえば、大勢の人とあらゆる方向につながっている。その誰とでもコミュニケーションがすばやくでき、大量の情報を難なく送ったり受け取ったりできる。豊かで自由な感覚だ。はじめはオンラインでコミュニケーションしているときにだけ感じられるオンライン感覚が、やがて人生の全体を覆い始め、ネットワーカーという属性を持つに至る。
 ネットをやっている人だからといって、必ずしもこのオンライン感覚を知っているとは限らない。私が思うには、パソコン通信に接続している画面をはじめて見た時にそこに人間を見る人と、単なるコンピュータ画面を見る人のふたつの種類の人間がいる。前者はたぶんオンライン感覚を理解する素質がある。オンライン感覚とネットワーキングの意識はもしかするとかなり近いものであって、この両者を理解するどうかが、これからの時代を生き抜くキーワードである。
 ではオンライン感覚とはなんだろうか。それはおそらく楽観的な想像力のことだ。自分の向かっている端末の向こうに人がいて世界がある。人と人とはお互いに理解ができ、コミュニケーションは何ものかを生み出す。そのような可能性を持った人たちがいまの瞬間、自分と同じようにして世界のどこかの通信端末の前にいる。距離に(さらには時間に)隔てられながらも、自分と同じように肯定的な世界観を持った人たちとのコミュニケーションチャンスが自分の前に開けている。それは極めて生産的で創造的な感覚である。
 一方で、オンライン感覚なるものがぜんぜん分からないという不安を感じる人がいま現在も存在し、これからも続々と登場するはずだ。急拡大するオンラインコミュニティの内外で、オンライン感覚の欠如の不安もまた増大していくのではないか。それはいるの社会にあてはめればクルマの免許を持っていないというような種類の不安だ。
 おんらいん感覚はまさに感覚のレベルの問題だが、ネットワーキングへの理解の欠如はさらに深刻かもしれない。社会がネットワーク型へ移行していくのはほぼ確実な時代の流れであって、通信ネットワークの整備とその上でのトラフィックの急増が拍車をかけている。ネットワーキングが理屈として受け入れられたというよりも、通信ネットワークというインフラがわれわれにとっての学校として機能し、その上でネットワーキングが実践的に理解されつつあるというのがパソコン通信のもうひとつの顔だ。
 パソコン通信やインターネットをビジネスに活用しよう、その上でもうけようと思っても、ネットワーキングとは何か、そこでコミュニケーションする人たちのオンライン感覚とはどんなものかについて理解していないならば、成功はおぼつかない。このへんにネットワーク上でのビジネスの秘密があるように思う。
 
第10回 コミュニケーションデザイナーは誰?
 
  メディアとコミュニケーションに対してポジティブでアグレッシブでなければ生き残れない。私たちはそのような時代を生き始めているように思う。なぜならば、現在とは新しいメディアが次々と登場し、それらの利用技術を身につける、あるいはつけないことの選択が常に突きつけられる状況であるからだ。
 メディアという言葉でくくられる対象にはすべて、それぞれのメディアとしての特性がある。従来からあるメディアに関してはわれわれはその特性を体験的に知っていて、特性に合った利用方法を身につけている。個人の日常生活でもそうだし、企業活動においても同様だ。ところが、得体の知れないメディアが登場すると話は違ってくる。メディアというのは意外に厄介なもので、アタマではなかなか理解できない。やってみてわかることが少なくなく、それもある意味でのメディア感度のようなものが必要で、わからない人にはわからないという側面もある。
 
 新しいメディアに対する過剰な期待も、利用し始めたあとでの「宝の持ちぐされ」状態も、どちらも知らないから起きる。新しいメディアの登場はそれだけでは新たなコミュニケーションの「量」を生み出すに過ぎない。たとえば電子メール。電子メール自体はむずかしいものではなく、むしろわかりやすく見える。実際、電子メールはごくあたりまえのコミュニケーション手段になりつつある。しかし電子メールのメディアとしての特性と可能性は思いのほか複雑で幅広いものがあり、真の意味でオフィスの生産性を向上させたり、グループワークを創造的に行ったりするためのツールとして活用(応用)するためには電子メールなるメディアの本質に迫る努力が必要になってくる。その意味では私たちは「実践的なメディア論」をいつもアタマの隅に置いておく必要があるかもしれない。
 そしておそらく今後も新しいメディアが登場し、コミュニケーション環境は時々刻々変化してとどまるところを知らない。私たちは常に新しいコミュニケーション手段の本質とその可能性を見極めてそれが自分たちの役に立つかどうかを検討し、既存のコミュニケーション手段とどのように組み合わせ、また役割を分担させていけばいいのかを判断するよう迫られる。使わないと決めるために検討することもあり得る。企業にとって、新しいメディアの積極的な活用は飛躍と改革のきっかけになる可能性を秘めているが、その反面あるメディアの可能性についてイメージできなかったことが企業の衰退のきっかけになるかもしれない。そのような意味で、電子メールをはじめとするコンピュータ・コミュニケーション・メディアは、企業にとっての「踏み絵」的存在のひとつであるといえる。
 
  新しいメディアに出合ったときには「実用化試験」を積極的に行い、メディアを体感するなかからその可能性とリスクについて検証する。使うと決めたならば日々の活動のなかから自分たちに合った利用の技術を生み出し、ノウハウを蓄積してさらなる活用をめざす。そのためには目前の仕事との関わりを常に客観的にとらえる冷静な視点はもちろんだが、メディアとコミュニケーションに対する不断の好奇心と冒険心が求められるだろう。多様なメディアの特性を熟知し、それらを駆使する人たちが力を得ていく時代に入った。
 企業の内部においては情報の流れとコミュニケーションのスタイルをデザインする人たち、外部に対してはインタラクティブなメディアの特性をいかして正しく発信し、まじめに対話する企業イメージを具現化する人たち。今後、企業内にとどまらずありとあらゆる場で、そのような人物、すなわち「コミュニケーション・デザイナー」が求められるようになる。その役割をになうのは誰だろうか?
 
第11回 兆しを読む
 
  これからの時代がどうなっていくのか、そのなかでビジネスの姿がどう変化していくのかを知りたい。少なからぬ人がそう思っていることだろう。未来はあまり見えやすくはなく、かといって見えなければ企業にせよ個人にせよ(そしてもちろん国家も)衰退と没落の危険をはらむ現在である。私の理解では、ネットの世界は未来の一端を垣間見るのに適した場のひとつだ。時代の切っ先が何を切りさくかが間近に見える。
 ネットにおける「未来の兆し」とはすなわち新たなビジネスの芽であると同時に、いまは隆盛を極める産業の衰退の予兆でもある。それを知ることは当然のことながら新たなビジネスのアイデアを提供するし、衰退の予感におびえる巨大産業にとっては生きのびるための方策を練るチャンスである。
  出会うこと、連絡を取り合うこと、遊ぶこと、助け合うこと、一緒に考えること、何かを作りだそうとすること。情報をかわすこと、情報にまどわされること、情報におぼれること。そうしたネットの日常のなかに、やがて大きな流れとなって一般社会へと広がっていく事象が、ごく些細な暗示、素朴な原型として存在している。ネット自体がまるで新しい時代の孵化器のようにも思える。
  しかしながら、そうした兆しはネット特有の過激な「メディアシャワー」のまっただなかにいる人にはあまりに日常であるために見えにくい。すごい量の情報やコミュニケーションとつきあうにはかなりの体力がいるし、つきあうこと自体が目的化してしまいかねない。一方、外部から観察している人にはこのメディア上の場(空間)とそこでのコミュニケーションがあまりに想像力に拠っているために理解しがたい。見物人にはおもしろくないメディアだ。
 
  現在のネットはそのメディア特性からして誰にでも情報発信が可能な玉石混淆の「ノイズのメディア」であり、参加者の急増に支えられてその行方を誰も知らない「爆発する宇宙」である。どこで何が起きているか、膨大で混沌とした全体はもはや把握することができない。見わたす限りの人間の意識と感情のカオスの中では、兆しを兆しとして見きわめ、それが暗示するものを知ろうとすることが日を追うごとにむずかしくなっていく。
 幸運にもなんらかの兆しをネット上に発見したら? ネット上で起こるコミュニケーションの現実と、そこで生じる感情の機微をもとにして、「コミュニケーション・モデル」なるものを作りだすことが次の課題になるだろう。混沌とした世界に光を当て、ごちゃごちゃと入り組んだ現実をきれいに整頓して、わかりやすくする。同じあやまちを繰り返さないようにし、もっと先に進むために必要な仕事だ。そのような作業のあとにはじめて、いままで見たこともないビジネスのイメージが浮かびあがってくるはずだ。
  モデルというからには実際に応用でき、動かなければならない。そのためには人間の研究が必要だ。モデルの探究のためにはネット上における感情と心理を学習しなければならないが、学習すること自体、かなりのリスクをはらむ。それはこのメディアが深い双方向性を持つからだ。理屈と観察のきれいごとだけではすまない厄介な対象物である。とはいっても、素直に楽しみ、悲しむことが始まりで、必須の条件でもある。
 もっと自由になり、よりしばられていく時代。より深く結びつき、さらに断絶していく時代。パソコン通信とは、未来の方角から現在の私たちに対して投げかけられた謎であり、読み解くべき予言の書物である…これはひとつの考え方にすぎない。しかしそう考えるとき、パソコン通信の世界はいままでとは違った顔を見せるのではないか。
 
第12回 万能の鍵

 
  ほんの少し前まで、通信とかネットワークとかいう言葉は「どこも開けられない鍵」だった。パソコン通信をやっているからといって誇るべきものは何もない。私自身、パソコン通信をやっていると周囲にいうことはなかった。言っても相手が知らないし、説明しても理解されない。そこでの人の生き方、コミュニケーションのあり方が、時代のさきがけであるとは、ほとんど誰も気がついていなかったに違いない。
 それから規模が急速に拡大して、しかし相変わらずその内実はあまり語られることもなかったのが、あるときから急にチヤホヤされだした。パソコン通信人口はクリティカルマスを超え、それに加えて、あの大災害での通信の活躍が(過大評価気味ではあるにせよ)大きな役割を果たした。阪神大震災がパソコン通信をメディアとして認知させるきっかけになったと後世の歴史家は語るのではないか。
  気がついてみるとパソコン通信が「どこでも開けられる鍵」になっていた。コミュニケーション、通信、ネットワーク。それらが現代の呪文になり、唱えるだけであちこちの(いままでは固く閉ざされていた)扉が開く、そんな魔力さえ備えつつあるようだ。世の中の巨大で強大だったはずのものが次々と停滞し衰退していくなかで、時代の抱える根本的な課題を解決する秘策として、それらのキーワードが実質的に機能し始めたのが現在なのだと実感する。
 
 私の見る限り、個人レベルでのネットワーク化は誰もが想像しえない速度で進んでおり、企業も政治も、そして社会そのものも追従できていない。新たなビジネスチャンスへの期待の一方で、得体のしれないネットワークなるものに対する不安が高まり、経験したことのない社会変動への予感がその不安を倍加させる。そのような状況下では、ネットワークとコミュニケーションに強いことの商業的な価値は極めて大きいはずだ。
 しかしながら不安もある。私たちは本当にネットワークなるものについて理解しているのだろうか。私たちネットワーカーの日々のオンラインコミュニケーションは、ネットワークを望ましい方向に育てているのだろうか。
  マスコミの世界ではゲートキーパーという言葉をしばしば耳にする。自分たちが情報の質と正確度を保証している。マスコミ人の責任と誇りを表す言葉だと理解していいだろう。一方、パソコン通信ではゲートキーパーは基本的にユーザーひとりひとりの役割だ。誰もが発信できる解放感は舵のない船に乗る不安と隣り合わせだ。個人個人の関わり方の累積が、結果としてこのメディアが腐らせていくシナリオもあり得る。パーソナルなメディアであるパソコン通信では、責任もまたひとりひとりが負っている。政治がその国の国民の水準を反映するように、ネットワークもまた大衆のレベルを直接的に反映する段階に入った。
 
<後記>連載を始めて3年。ネットワークの相貌は時々刻々と変わり、その存在も重みを増した。しかしながら過去など振り返るヒマもないような時代の状況である。ネットワーク、コミュニケーション、新しいビジネスチャンス。それらの行く末について、今後も自らを投げかけ、実践しつつ考えていきたい。生硬な連載におつきあいいただき、ありがとうございました。
 
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