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文化遺産に対する関心の延長として、東京に残る近代の文化遺産(主に建築)を少しだけコレクションしてみようと思います。ただしたまたま近くに行った機会に寄ってみるというスタイルなので内容の不統一をご容赦下さい。 |
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三信ビルディング(1929) [所在地]東京都千代田区有楽町1-4-1 [概要]鉄筋コンクリート造8階建て、地下1階。 アールデコを基調とするオフィスビル。1階と地下1階は商店街になっている。 現在の持ち主は三井不動産だがすでに解体が決まり、テナントが次々に去ってゆく商店街には寂しさが漂っている。 (2005年12月2日訪問) |
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伊勢丹本店(1933) [所在地]東京都新宿区新宿3-14-1 [概要]鉄筋コンクリート造7階建て、地下2階。 当初、交差点部分の東南角には百貨店「ほてい屋」(1926年建築)があり、伊勢丹はL字に建てられたが、1935年にほてい屋を吸収合併し、翌年改修。 その後数回にわたり増築。 (2005年11月22日訪問) |
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新宿御苑旧洋館御休所(1896) 所在地]東京都新宿区内藤町11 [概要]木造平屋建て、スレート葺。 重要文化財。1860年代から1890年代にかけてアメリカで流行したスティック・スタイルとよばれる建築様式を基調とする。皇族の休憩施設として建てられた。1994年まで管理事務所として利用。平成12年より保存改修工事、平成13年4月29日から一般公開。 (2005年11月22日訪問) |
| 高輪消防署二本榎出張所(1933) [所在地]東京都港区高輪2-6-17 [概要]鉄筋コンクリート造3階建て、望楼付。 現在も消防署として使われている。建物は船を、望楼部分は陸の灯台をイメージしたという。望楼上部には青く塗られた鉄骨製の塔が追加された(1984年)が、改悪に見える。 (2005年11月6日訪問) |
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明治学院大学インブリー館(1889)、同記念館(1890)、同礼拝堂(1916) [所在地]東京都港区白金台1-2 [概要]木造2階建て、銅板葺き(建設当初は瓦葺き) 明治学院には国の重要文化財であるインブリー館がある。いわゆる宣教師館の最古のもののひとつで内部は完全な洋風である。その名は住人であったウィリアム・インブリー(William Imbrie 1845-1928)による。1914年一部焼損。1964年に現在の位置に移動。1997年修復。 近くにある記念館、礼拝堂は、ともに重要文化財となりうる価値を持った建物といえよう。 (2005年11月6日訪問) |
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目白ケ丘教会 1950 [所在地]東京都新宿区下落合2-15-11 [概要]設計は遠藤新(1889-1951)。この教会で行われた最初の葬儀は遠藤自身のものだった。当初のスレート屋根は雨漏りのためにアルミに葺き替えられている。 (2005年9月18日訪問) |
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旧岩崎久弥邸 1896 [所在地]東京都台東区池之端1-3-45 [概要]木造地上2階地下1階。設計はジョサイア・コンドル(Josiah Conder、ロンドン生まれ。1877年来日)。敷地は元越後高田藩江戸屋敷。現在は旧岩崎邸庭園として公開。洋館、和館、撞球室があり、いずれも重要文化財(和館、撞球室は写真なし)。洋館は17世紀英国のジャコビアン様式を基調とする。 (2005年6月18日訪問) |
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煉瓦275号 1919 [所在地]東京都北区十条台一丁目 [概要]第一次世界大戦によって兵器製造の需要が高まり、小銃弾の芯を製造する工場として建設された。広さはおよそ1500平方メートル。関東大震災でも補修するほどの被害は受けなかったようである。第二次世界大戦後は米軍の兵器整備工場となり、1958年に返還され防衛庁が使用。2000年、北区が中央図書館建設用地として土地及び建物を購入。 (2005年6月18日訪問) |
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旧古河虎之助邸 1917 [所在地]東京都北区西ヶ原1-27-39 [概要]煉瓦造地上2階地下1階。設計はジョサイア・コンドル(Josiah Conder、ロンドン生まれ。1877年来日)。この地は陸奥宗光の別邸だったが、その次男が古河財閥の養子になったために古河家所有となる。現在の建物は古河財閥三代目当主・古河虎之助がコンドルに設計を依頼したもの。住人がわずか3人(古河虎之助夫妻と養子1人)だったというのは驚きだ。 (2005年6月18日訪問) |
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佐伯祐三旧居(アトリエ)
1920 [所在地]東京都新宿区中落合2-4-22 [概要]木造瓦葺二階建て。和室、アトリエ、洋室からなっていたが、昭和61年に解体修理し、アトリエと洋室のみを保存した。 画家・佐伯祐三は1989年生れ、1918年東京美術学校入学、1920年この地にアトリエを建築、移住。1923年渡仏、1926年帰国。1927年再度渡仏、1928年死去。 [メモ]我が家から最も近い文化遺産。昔、未亡人の姿を近所で見かけたものだった。 |
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駒沢給水所配水塔
1924 [所在地]東京都世田谷区弦巻2-41-5 [概要]鉄筋コンクリート造、高さ約30メートル、貯水量2775立方メートル。人口が急増していた渋谷方面への配水を目的として大正13年に竣工。水は多摩川から取り入れ、砧の上・下両浄水場からこの給水所を経て、目黒・玉川・渋谷方面へ送られた。一対の配水塔が有名。 |
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自由学園明日館(1921)及び講堂(1927) [所在地]東京都豊島区西池袋2-31-3 [明日館(みょうにちかん)の概要] 木造平屋建。フランク・ロイド・ライト設計、1921年に最初の教室が完成。1999年から2001年にかけて保存・修復工事。重要文化財。 [講堂の概要] 遠藤新設計、1927年完成。1989年より修復工事。1997年、重要文化財指定。 |
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日立目白クラブ 1928 [所在地]東京都新宿区下落合2-13-28 [概要]鉄筋コンクリート造2階建。 近衛公爵邸のあった地に学習院高等科の寄宿舎(昭和寮)として建てられた。 設計は宮内省。1928年(昭和3年)竣工。1953年(昭和28年)に日立製作所の所有となる。 |