何が起きたのか?在カンボジア・タイ大使館襲撃事件(2003.2.2)


事件の経過

ニュース報道によると、事件の経過はおおよそ以下の通りです。
(1)カンボジアの新聞、Rasmei Angkor紙が、タイの人気女優スワナン・コンジンが「アンコール・ワットはタイのものだ」という趣旨の発言をしたと報道した。ちなみにスワナン・コンジンはカンボジアで大衆的人気があった(1月18日)。
(2)カンボジアのフン・セン首相はタイのテレビドラマの放送を禁止。
(3)
27日から散発的なデモが起きる。
(4)プノンペンにあるタイ大使館前で抗議デモが行われた(1月29日)。その後デモ隊の一部が暴徒化して大使館を襲撃し、放火と略奪を行った。そのきっかけは「バンコクのカンボジア大使館員が殺害された」とのウワサだったという報道もあります。
(5)その後、タイ系企業が襲われ、略奪が行われた(30日にかけて)。
(6)フン・セン首相は「何者かが『バンコクのカンボジア大使館が破壊され、外交官たちが殺された』とデマを流し、抗議行動を暴力化させた」と釈明。次期総選挙で現政権にダメージを与えたい野党側の扇動との見方を示した(1月30日)。
(7)タイは外交関係を臨時代理大使級に下げるとともに、略奪等の被害の補償要求、カンボジアに対する経済支援の停止などの制裁措置を行うと声明した。
(8)2月2日現在、プノンペンは平静であり、カンボジアのその他の都市も平静である。

事件の発端は今月17日、プノンペンで大量にばらまかれた出所不明のビラだという報道もあります。その内容を新聞がそのまま報じたのが主な原因ですが、フン・セン首相のコメントが事態を悪化させた側面も見逃せません。新聞報道だけでなく、カンボジア国内のFMラジオ放送(独立系ラジオ局ビーハイブFM)の報道も関係しているようです(未確認)。
なお被害を受けたのはタイ大使館のほか、タイ資本のホテルであるジュリアナ、リージェント・パークホテル、ロイヤル・プノンペン、タイの通信会社のカンボジア現地法人(チナワット、サマート、CP)などだということです。

私の疑問
この事件に関する疑問を書きます。
(1)女優は「アンコール・ワットはタイのものだ」という趣旨の発言をしたのかどうか。いっていないと報道されていますが、真実はどうなのか。
(2)デモ隊は当初、非暴力でデモ行動を行っていたといわれています。それが暴力的行動に変化して行く過程で何があったのか。デモ隊自身が激昂していった可能性もありますが、何らかの煽動 (指揮)があった可能性も否定できません。
(3)デモ隊とは誰だったのか。報道では「学生」が中心だったとされていますが、その正体は何なのか。また略奪は誰によって行われたのか。こうした事件ではしばしば事態に乗じて非合法行為が行われます。
(4)真の原因はなんなのか。

一般的な見方
この事件に対する国際社会の一般的な見方は、ほぼ次のようなものでしょう。
(1)事件の原因である「女優の発言」は事実無根だった。
(2)デモ隊はカンボジア国内のデマで動かされ、暴力行為に及んだ。
(3)アンコール・ワットがカンボジアの誇りであるとしても暴力に訴えるべきではない。
つまり、カンボジアの一人相撲だったということです。

損をしたのはカンボジアだけ
今回の事件で、損をしたのはカンボジアだけのように見えます。
まず、人々がウワサで動かされる程度の国だという悪い印象を与えました。これは同時にマスメディアの未成熟、すなわち民主主義の未成熟を意味します。
次にカンボジア人が暴力的であり、カンボジアがいまだに何が起きるかわからない危ない国だという印象を与えました。カンボジアの観光産業は大きな打撃を受けるでしょう。

カンボジアとタイの関係とは?
カンボジアのGDPはタイの22分の1。カンボジアはタイから資金援助のほかさまざまな分野で支援を受けています。プノンペンでもシェムリアップでも、華僑も含めたタイ系の企業がホテルや携帯電話の事業を次々と展開し、大量のタイ製品が流れ込んでいます。タイのテレビドラマも人気があります。カンボジアから見るとタイは資本家であり、経済・文化の両面で強大な影響力を持つ大国なのです。
歴史的に見れば、タイに統一的な国家が登場する以前、その国土の大部分はアンコール帝国の領土でした。しかしその後アンコール帝国はアユタヤ王朝の度重なる攻撃を受けて衰退し、1431年にはアンコールの地(現在のシェムリアップ付近)を放棄します。更にアンコール・ワットのあるシェムリアップ州をふくむ西部四州がタイに領有されてしまいました。これら西部四州がカンボジアに復帰するのは1907年になってからです。更に日本軍による占領前後の1941〜47年の間、再びタイ領に編入されましたが、その裏にはタイとの関係を重視した日本の存在がありました。

カンボジア人の心理
個人的な経験と見聞に基づいて、カンボジアとタイの人たちの心理を推察してみます。
タイ人の中にはカンボジアを見下している人が少なくありません。またカンボジアは危険なところだというのがタイ人の一般的な見方です。タイ国際航空の広告ではアンコールと彼らの文化との関係をsister civilization(!) と表現しています。タイ人には「カンボジアを助けてやっている」という意識が強いようです。また歴史的な経緯もあって、タイ人に「カンボジアはタイのもの」という意識が生まれたのでしょう。「アンコール・ワットはタイのもの」というのはタイ人には自然に受け入れられると想像します。総じてタイ人のカンボジアに対する認識と意識は単純であるという印象を受けます。これは関係性からいえば加害者に特有の心理です。
一方でカンボジア人のタイに対する意識は複雑です。これは基本的に被害者の心理です。タイはカンボジア誇るアンコール文明を滅亡させた宿敵であり、領土を蚕食された時期さえありました。ところが今は経済的にタイなしではやっていけない状況にあります。侵略的とも見えるモノと文化と資本の流入です。彼らは自国がいまだ貧しく、民主主義もひ弱であることを充分に知っていますが、そうした状況が強国のパワーゲームの結果もたらされたという事実も忘れていません。
アンコール都城陥落後のカンボジアの歴史は、隣国(つまりタイとベトナム)、そしてフランスから国家としての主権を脅かされてきた歴史でもあります。国土が奪われ、あるいは植民地化されて主権を喪失することがどういうことなのか、私には想像することしかできませんが。 ここでは書きませんが、ベトナムとの関係はタイとの関係に劣らず(おそらく更に)複雑です。

いきどころのない感情
私が感じるのは、カンボジア人のいきどころのない感情です。大使館を襲うことは悪い。しかし自分たちが置かれてきた歴史的状況と現在の状況を誰が理解してくれるというのか。真の原因はそこ(歴史と現実)にあるが、当然のことながら事件は事件として扱われ、悪い のはカンボジアだけだ。もっとうまくたちまわるべきだったが、それはうまくいかなかった。カンボジアは危険だという印象はあいかわらず払拭できず、周囲の巨大な力の前になすすべもない。こういった閉塞感はカンボジアのみならず弱小な国家が常に味わう悲哀に違いありません。今回の事件でカンボジアは危険だというプロパガンダが息を吹きかえすことでしょう。大変に残念なことです。

カンボジアは危険か?
カンボジアが危険だと感じる場合、「政治」と「治安」が問題になるでしょう。これらに対する私の個人的見解は以下の通りです。
(1)カンボジアは政治的に不安定で、暴動がおきやすい?
カンボジアの政治情勢は1997年を境に安定に転じたと見られます。良くも悪くも一定の安定状態に至ったわけです。カンボジアの政治的状況は未成熟であり、特に国内の選挙は不安定化要因ですが、「もう戦乱はいやだ」という意識を人々が強く持っているのは事実で、長期的に見て安定化に向かっているとかんがえられます。
(2)カンボジアでは武装強盗等の犯罪が多くて危険である?
最近の報道や私自身の見聞からみて、現在、外国人を対象にした犯罪が頻発しているとは考えられません。これまで多くの犯罪被害が報告されてきたのはプノンペンですが、治安は急速に改善されていると思われます。観光客が集中するシェムリアップの治安は良好です。ただし、これはどんな国にもいえることですが、深夜の単独での外出などは避ける
べきでしょう。

今のカンボジアは基本的に普通の国で、特に危険でも不安定でもありません。ただし、その悲劇的な現代史の結果、あらゆるものが回復の途上にあります。道路網をはじめとするインフラだけでなく、教育やマスメディアなど民主主義的な社会構造のすべてです。そういう 、いわば病後の脆弱な体に、強い酒にたとえられる大量の外国資本、商品、文化が注入されています。そこにさまざまなひずみが生まれるのもまた事実です。カンボジアの人々の微笑の裏にそうした現実があることを理解したいと思います。

私の個人的な見解はこれまで述べた通りです。ただし、どんな国であれ、海外に旅行するときの常識として、常に情報収集を行い、最終的には他人にたよることなく自己の判断で行動することを鉄則とするようおすすめします。これが自己の安全を保障する唯一の方法です。

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