Sambor Prei Kuk サムボー・プレイ・クック


Temples in Sambor Prei Kuk at a glance
写真による遺跡一覧

グループごとの遺跡インデックス

group S

S1 S2 S3-S9 S10 S11-

group C

C1/pool        

group N

N1-N7 N8-N14a N16-N30    

group Z

         

group K

K1-K10        

others

         
           
Sambor Prei Kuk was located at the site of Isanapura, once a capital of Chenla between 7th and 8th century in pre-Angkorean period. there are over 130 temples mainly built by brick in this site. they are not big but unique in it's style of lintel (Sambor Prei Kuk style), relief on the wall of the temples (flying palace) and octagonal plan of some temples.

サンボール・プレイ・クックは、かつて真臘(しんろう。チェンラとも呼ばれる)の都があったところである。正確には都城の周壁はサンボール・プレイ・クック遺跡中心部から見て西側にある。イシャナヴァルマン王によって築かれた都城はイシャナプラと呼ばれていた。ここには現在、主にレンガでできた百三十もの祠堂が残されている。それらはいずれも大きなものではないが、八角形の祠堂やその壁面の「空中宮殿」(flying palace)など、興味深い遺構も多い。
遺跡の周囲は疎林であり、見通しの良い林の中に遺跡が点在している。 主な遺跡は、いずれも周壁に囲まれたS/C/Nの三グループに分かれている。
サンボール・プレイ・クックの遺跡群の印象をひとことでいうと、レンガでできた小さな祠堂が平坦で見通しのいい林の中に散在している、ということになるだろうか。祠堂は平面が四角形のものと八角形のものがあり、入口の上部には砂岩で出来た「まぐさ」が、またレンガの壁面には「空中宮殿」(flying palace)と呼ばれるレリーフが見られる。
なお、サンボール・プレイ・クックの遺跡群では、各遺跡はグループ名+番号で呼ばれる。

サンボール・プレイ・クックはシェムリアップとプノンペンの中間付近にあって、どちらの町からも少々行きにくく、その巨大さ華麗さに驚く遺跡群でもない。アンコール地域に密集する巨大遺跡と比較すると、いずれの建物も小さく、レンガ作りで、華麗なレリーフもわずかしかない。建物自体の損傷も進んでおり、ほとんどの建物では上部の構造を想像することすらできない。地味で面白みがないと感じられるかもしれない。
しかし、アンコールをもっとよく知ろうとするなら、サンボール・プレイ・クックを避けて通ることはできない。アンコールにおける巨大寺院の建設へと進展していく歴史の一時期、ここに都が置かれ、当時としては技術の粋を集めた宗教建築群が次々と建てられていったのだ。
サンボール・プレイ・クックを楽しむにあたっては、まずアンコールで主要な遺跡を見ておくこと、サンボール・プレイ・クックの歴史、建築、美術について最低限の知識を得ておくことをおすすめする。注目すべき部分は祠堂のレンガの壁面を彫刻した「空中宮殿」と、これも祠堂の扉の上に設けられた砂岩のリンテル(まぐさ)で、いずれも類稀な美しさだ。八角形の祠堂内部に差し込む光線の美しさも注目に値する。

【参考】
真臘は現在のラオス南部付近から南下してカンボジアに至り、当時カンボジアを支配していた扶南の属国となったが、やがて七世紀に入ると逆に扶南を併合してほぼ現在のカンボジアに相当する範囲を統一する。六一六年にイシャナヴァルマン一世が即位して首都と定めたのがイシャナプラ、現在のサンボール・プレイ・クックである。しかし八世紀初頭に真臘は「水真臘」「陸真臘」の二つに分裂する。その後八〇二年になってジャヤヴァルマン二世がアンコール王朝を興すまで分裂状態は続いた。

※写真上は祠堂C1南側のリンテル。
※写真右はサンボール・プレイ・クックで発見されたドゥルガーの彫像(7世紀)。ドゥルガーはシヴァ神の妻で4本の腕を持つ。国立博物館(プノンペン)蔵。
 

group S/C/N/Z

to see larger image click here


 

【グループS】
グループSはS/C/Nの三グループのうちで最も南側に位置している。
二重の周壁があり、中心となるのはS1と呼ばれる祠堂で、東向きに立っている。S1を取り囲むように6つの祠堂(S2及びS7〜S11)が並んでいる。これらのうちS2はS1と同一の東西軸線上にある矩形の祠堂で、東西に開口部があり、内部には砂岩でてきた小さな祠が納められている。S7〜11は八角形の祠堂で、S9だけが西向きに、他の四つは東向きに建てられている。「空中宮殿」(flying palace)はS7〜11の全ての壁面に見られるが、S10とS11が比較的状態がいいようだ。S11内部のレンガの積み方は大変に美しい。内側の周壁の、西側内壁部分には比較的保存状態の良いレンガのレリーフが見られる。
【グループC】
グループCにも二重の周壁がある。中心となるのはC1と呼ばれる祠堂で、東向きに立っている。C1は東に開口部があり、他の面は偽扉になっているが、その上部にはいずれも立派なまぐさ(リンテル)がある。外周壁内の北東角には、周囲を段状に砂岩で囲んだ池がある。この池の周囲は階段状になっており、南側には砂岩の階段が設けられている。
【グループN】
グループNはその外周壁の内側だけでなく外側にも多数の祠堂が並んでいる。周壁は三重になっている。中心となるのはN1と呼ばれる祠堂で、東西南北の四方向に開口部がある。N1の周囲にはN2からN14まで多くの祠堂が立っているが、これらの中ではN7だけが八角形で、壁面の「空中宮殿」はなかなか美しい。他は矩形の平面を持っている。
グループNに属する祠堂の中で、外周壁の外側にある祠堂の中にはなかなか興味深いものがある。中でも北側に位置するN17は唯一の砂岩の建物である。サイコロのようなかたちの小さな建物で、コンポン・チャムから30キロほど北東にあるハン・チェイの遺跡にある建物と類似した印象がある。開口部は東である。
同じく北側にあるN18には巨木がからみついており、そのフォトジェニックな外観が印象的だ。東向きに入口があり、砂岩でできた入口枠には碑文が刻まれている。

group K





to see larger image click here
【グループK】
中心部から少し離れてグループKがある。鬱蒼とした森の中に遺跡が点在する。状態のいいK2、リンテルの美しいK6、Krol Romeasとも呼ばれるK8などがある。ここへはバイクでのみアクセスが可能だ。

top