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テーマ:「一ノ瀬泰造の墓」の真実 シェムリアップ近郊のプラダクという村のはずれに「一ノ瀬泰造の墓」がある。最近は多くの日本人が訪れる一種の巡礼地になっているようである。 ここを訪れる日本人は映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」を見て泰造に憧れてカンボジアに来たという場合が少なくないと思う。来た人は感想をノートに書きとめ、いくらかの金を置いてゆく。 ところでそれは本当に一ノ瀬泰造の墓なのだろうか。 泰造はたしかにプラダクでクメール・ルージュに処刑されたと思われるが、遺骨は遺族が掘り起こして日本に持ち帰った。遺族はカンボジアに墓を作ることはなかった。 ところが誰かが墓らしきものを作った。すると日本人が行くようになり、多額の金が落ちるようになった。一人がかりに1ドル置いていったとしよう。1日に10人が来れば月に300ドルが落ちることになる。これはカンボジアの庶民にとっては相当な収入だ。実際にはこれ以上の金が落ちているに違いない。 その後確かめたところでは、泰造のご遺族はこの「墓」の設置には関わっていない。また「墓」が「墓」らしくなる以前から、ご遺族は久しくカンボジアを訪れていない という。ご遺族の知らないところで「墓」が勝手に整備されていったわけだ。 泰造の「墓」がシェムリアップに現れた原因は、直接的には「墓」を作った人物にあるが、その真の原因は日本人の側にあると思う。 まだ「墓」がなかった頃、訪れた日本人が泰造の足跡を求めてプラダク付近を訪ねて歩いたに違いない。そういうとき、「墓」を用意してあげようというのはカンボジア人の悪気のないサービス精神の表れだとも理解できる。 しかし、繰り返すが、多くの人が訪れ、多くの金が集まるにつれて人の心がゆがんでいったのだ。 そういうゆがみをもたらしたのは、ひとりひとりは悪気のない日本人旅行者である。ひとりひとりには責任はないが、その数が増えてゆくと結果としてカンボジア人を金でスポイルしてしまった。 さらにいえば、日本とカンボジアの間の絶望的な経済格差がある。墓で金を払う日本人にとって百円はたいした額ではないかもしれないが、その金額は貧しい農民の日雇い労働の日当の額に近い。 日本人の無邪気なロマンチシズムとカンボジア人の金銭感覚との距離はかぎりなく遠い。 「墓」の話に戻れば、そこに個人の営利を目的としない「泰造の記念碑」があり、寄付された金のうち実際の維持経費以外の全てが地域の福祉に役立てられるような仕組みであったなら、どんなにすばらしいことだろうか と個人的には思う。 |