アンコール・ガイド - カンボジアの旅の技術に関するすこし突っ込んだ議論(1)

 
テーマ:バリ化?するシェムリアップ〜女性旅行者にとってのカンボジア〜

カンボジアでは日本人の女性は特別な目で見られているようです。
端的にいえば「日本人の女は落ちやすい」ということです。これはバイクタクシーのドライバーをはじめとする観光に関わるカンボジア人からすると常識みたいなものです。日本人の女性は誰とでもOKすると思われています。
たとえばこういうことです。ゲストハウスに泊まって、そこの専属のドライバーのバイクで1日観光する。ずいぶんやさしいのにびっくり。とてもいい人らしい。夕食に誘われ、ひとりでの食事はさびしいので一緒に食事する。お礼の意味で勘定はこちらもち。その後で踊りに行こうと誘われて、ついていく。ひとりじゃ行けないところだし、知り合い(=その日はじめて会ったドライバー)がそばにいれば安心。これも勘定はこちらもち。ドライバーの友だちにも紹介され、まるで住んでいるような感じがしてくる。すごく楽しかった。踊り疲れて夜遅くなって、危ないからと宿まで送ってくれ、それからなんとなく部屋で話そうということになる。もりあがっていたのでOKする。すると。・・・こういう状況では「そんな気じゃなかった」といってもレイプ事件としては成立しないでしょう。
バイクタクシーのドライバーやガイドにとっての日本人は、はっきりいってとてもおいしい「ビジネスチャンス」です。特に日本人の女性は、簡単に「落ちる」だけでなく、トラブルになっても訴えられる危険性が低く、うまくいけば結婚して大金が転がり込んでくる、という願ってもない存在であると考えられています。事実、シェムリアップにはバイクタクシーのドライバーと同棲している日本人の女性が信じられないほどの数、存在します(人数を聞いたことがありますが、ここでは書きません)。彼女たちが「私たちは恋愛しているんだから」というのなら何もいうことはありませんが。
では、カンボジア人の男たちは女をだますのがうまく、タチが悪いのでしょうか。悪くないとはいいませんが、こういう状況を作り出した原因は女性の側にもあると私には思えます。なぜなら、シェムリアップでバイクタクシーのドライバーから好奇の目で見られているのは日本人の女性だけだからです。西洋人の女性もいるし他のアジア人の女性も観光に来ますが、レイプ事件やバイクタクシーとのインスタント恋愛に関わっているのはほとんど日本人の女性だけです。
カンボジアの男たちははじめは日本人の女性に関して何も知らなかった。ところが、やってきた女性たちから彼らは学習したのでしょう。その結果、今では皆が日本人の女性は軽いと思っています。現状においてはすでに日本人の女性に対する見方はできあがっており、本人が「私はちがう」と思おうとどう行動しようと、周囲のカンボジア人たちが「あ、日本人の女だ」という意識で見ていることは確かです。これはシェムリアップだけの現象ではなく、バリ島でもイスタンブールでも、古くは「イエローキャブ」に描かれたようにニューヨークでも、日本人の女性が集まるところではどこでも、同じことが起きていると考えていいでしょう。
しかし女性個人が悪いと言い切ることもできません。日本人は女性に限らず、世界の常識から見て世間知らずで無防備ですが、これは現代の日本社会の状況そのものです。そういう社会で育った日本人の女性が世間しらずで無防備なのは当然といえるでしょう。

私は男なので真の実態は知りませんが、考えるに彼らにとってこれは一種のゲームなのだと思います。この女は落ちるか?というゲームです。ゲームですから彼らはいろんな手を使ってきます。食事に誘って来るか、踊りに誘って来るか、それから部屋に行っていいかと訊いたとき、なんと返事するか。彼らにとってひとつOKをゲットするということは、一歩ゴールに近づくことです。
ただしこういうゲームは双方がゲームであると意識してこそゲームなのであって、一方がそう思っていない場合にトラブル(最悪のケースではレイプ事件)を引き起こすことになります。つまり、場合によっては相手から見たら反則だということかもしれません。「そんな気じゃなかった」という反論はこのゲーム性をどうとらえるかを示す象徴的なことばだと私は感じます。

反論、コメント歓迎。メールをお寄せ下さい。(文責・波田野)

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