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小型のカメラというのは私の永遠の憧れである。以前ソニーがこれでもかというくらい小さなデジタルカメラの試作品を展示したとき、その写真を見ていくら出してもいいから買いたいと思ったものだ。それがちょっと変わった商品戦略によって息を吹き返し、マスプロダクションとはいえない方法によって作られ販売されることになった。その製品、QUALIA016の価格はつい笑ってしまうほど高価な38万円だが、これを「試作品を少し多めに作って売ってくれている」と考えたら、まあそんなものだし、或いはものすごく安いという見方もできる。今よりももう少しお金持ちになったら買う予定だ。(2003.7.3) |
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最初に飛行機に乗ったのは1972年、韓国国内線の束草(ソクチョ)−ソウル間だった。機種はフォッカーF27である。それ以来ずいぶん飛行機に乗ったが、いまだに慣れることができない。怖いのだ。しかし飛行機の窓から見る景色はいつも忘れがたくて、できるだけ窓側の席を取ることにしている。特にすばらしいのは離陸時と着陸時だ。そして不思議なことに離陸着陸は怖くない。何度乗っても緊迫と感動。「慣れない」のは私の主要な属性でもある。(2003.7.4) |
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STARBUCKSには時々行く。パソコンで何か文章を書くか、呆然とインターネットをやるためだ。町の書斎のひとつである。コーヒーはうまくないが長居できる。どんな店であれ、喫茶店というのは大好きな場所であって、喫茶店をハシゴして一日が過ぎたこともあった。
(2003.7.8) |
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私の愛するメモ帳。ドイツ製で、何年か前に銀座伊東屋で買い、それからずっと大事に使っている。私が真に好きなのはたぶん白い紙なのだ。パソコンからはアイデアは生まれない。ちなみに幾多の変遷を繰り返した筆記用具は、今は3色ボールペンだ。(2003.7.8) |
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PHSによる定額制インターネット接続が可能になって、少なからぬ恩恵を受けている。経験年数だけは筋金入りのモバイラーである私は、町を漂流しながらネットに接続するとき、いいようのない開放感とネット接続感覚を感じる。(2003.7.8) |
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B&Oの有名なイヤフォン、A8。「貧者のB&O」だ。ギミックが楽しく、すばらしいデザインだが「最高に使いやすい」わけでもない。買うまでが楽しかったのは事実だ。(2003.7.9) |
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およそ10年ぶりの韓国、そして31年ぶりの、1日だけの慶州。おわんを伏せたような形の王陵が緑豊かな歴史公園の中に群れなしている。そのかたちは覚えているものの、周囲の景観は一変している。だが慶州という土地の奈良を思わせる雰囲気だけはそれほど変わっていないと感じられた。
(2003.7.16) |
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「ラジオ・アンコール」の武器のひとつ、SENNHEISER
MKE300。小型のビデオカメラには不釣合いな大きさだがそれでも最小のガンマイクのひとつだ。ガンマイクとしてだけでなく集音マイクとして屋外での録音に使う予定だ。(2003.7.17) |
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私にとって最初の商業出版、「パソコン通信操作術」。1991年9月にソニーマガジンズから出した。ニフティ・サーブ(当時)向けのガイドブックで、その会員数が20万を越えたばかりの時代に1万部を刷るという英断(?)だった。この本を書くにあたっては畏友
I 氏の並々ならぬご指導を受けた。長い文章を書くことは大変に苦しく、しかしできあがった時の喜びもまたとても大きいものだった。(2003.7.20) |
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私が最初に自費で出した「ここでさよなら地球は林檎」はわずか32頁。奥付の日付は1978年6月10日となっている(内容は本サイトに掲載)。最初のインドの旅の旅日記をもとに書き起こしたものだ。武蔵小山の商店街の奥にあった小さな印刷会社で刷った。そこの文選工(鉛の活字を拾って版を組む職人。今はこういう職種はない)が「おもしろかったよ」といってくれてうれしかったのをおぼえている。彼が最初の読者となったこの本は書店に持ち込んで300部ほど売れた。(2003.7.20) |
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