カイラスは私の生涯の旅の最終目的地である。つまり私はそこで死ぬわけだ。といっても私がヒンズー教徒であって巡礼に行きたいと思っているわけではない。しかし、かつて日本の山で過ごした日々、ヒマラヤ山中の日々の記憶が私の中に残っているために、聖なる山としてのカイラスに以前から興味があった。その特異な山容はこの山自体が巨大なリンガであると示唆していると、ある友人は言った。カイラスに旅立つ日はいつになるのか、じっと待っている。(2003.6.26)

何を隠そう、最初のソニー製ICレコーダーを買ったのは私である。 新しいカテゴリーの製品が登場する瞬間に幾度も出会ってきたが、そのソニー製のICレコーダーもそうだった(写真上)。音質が悪く、データを転送することもできなかったが、欠点だらけの「第一号」はいつも魅力的だ。欠点が改善され、高性能化し低価格化するころには、魅力は失せてしまっている。ひさしぶりに買ったSANYOのICレコーダー(写真下)は その意味で機械としての魅力には欠けるが、まともな音が録れそうな最初のICレコーダーだ。mp3録音、USBでパソコンにダイレクト接続、外部ステレオマイク可能で高音質と、私が求めていた仕様に近い。 これで録った音はわずかな加工を経てウェブ経由で世界に発信されてゆくはずだ。(2003.6.29)

駅のプラットフォームは思索の場所だ。都会に生きている私は、これまでの生涯の中で数限りない電車の到着を待っていた。電車を待ちながらいろんなことを思いついたり、落胆したり。近くでは酔った集団が奇声を上げている。そこに電車が入ってくる。轟音。電車が停止してドアが開くとき私の思考は粉々になって飛び散る。それらの思考の断片の、もっともすばらしいひとつふたつでもつかまえておきたいと思っているのだが。(2003.6.29)

私が手にした最初のカメラ、FUJIPET。写真の楽しさを味わった。ブローニーフィルムを使うこども用カメラだったがよく写った。1957年発売。売価は1950円だった。(2003.6.29)

私が買った最初のデジタルカメラ、CASIO QV-10。それ以前にもデジタルカメラは存在したが、QV-10の登場によってその後の普及への扉が開かれた。私が発売されたばかりのQV-10で撮った最初の映像は被災地・神戸の町であり、その後デジカメは常に私のそばをはなれることがなかった。(2003.6.29)

私が買った最初のパソコン、EPSON HC-20。1982年7月に定価138,600円で発売された。予約をして発売日に入手した(こればっかり)。当時の社名は信州精器といっていた。私にモバイルパソコンの夢を見させた最初の機械。夢が現実となるまでにはそれから20年近く待たなければならなかったが。(2003.6.29)

私が真の意味でパソコンに出会ったのはAppleIIeを使い始めた時だった。1983年夏のことである。この機械にはパソコンのあらゆる可能性がつまっていた。 この機械は未来を予見し未来を予告していた。(2003.6.29)

コンピュータおたくではなかった私だが、電卓はけっこう買った。CASIO FX602Pは名機と呼ばれていて、その小さな液晶表示でできるゲームがユーザーによって開発されていた。迷路ゲームのプログラムを打ち込んだのも今は昔だ。(2003.6.29)

ソニーが1979年7月に発売したウォークマンは、数分聴いただけで私に購入を決めさせた。それはそれはすごいインパクトだった。 世界が変わって見えた。外部の世界が私とは関わりなく動く別のシステムになった。「ウォークマン以後の世界」という学位論文があっていい。(2003.6.29)

私のモバイルへの夢を真に実現したOASYS Pocket。(2003.6.29)

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