Design of Angkor
アンコールの意匠

アンコール・ワット第二回廊の外側の壁面にはのっぺりとした部分はほとんど皆無である。極限にまで洗練された造形は理知的だが冷たくはなく、他の誰にも似ていない。 ローマにも中国にもこういう意匠はなかった。インドの影響は確かにあったが、この時代にはその大半は払拭され、独特のクメール的美意識が優越している。
アンコール・ワット第一回廊内部。この回廊はその壁面の長大なレリーフで有名だが、内外を結ぶ入口がある部分だけはレリーフもなく無愛想な空間だ。しかしここには別のアトラクションがある。光と影である。連子窓を通して差し込む光の具合をどのようにして計算したのか。
アンコール・ワット中央祠堂基部。ここまで来るのは長い水平距離を歩き通した末に急な階段を登るちょっとした勇気が必要だ。中央祠堂はその上部に紡錘形の塔を持つが、基部は複雑な構成になっている。クメール遺跡の大半がそうであるように、その全ての表面にびっしりと浮き彫りを纏っている。 幾何学的造形であることは確かだが、その豊穣と柔らかさは無比である。その「柔らかさ」の一部分は経年劣化によるものだとしても、ここには建設当初から「理知の中の豊穣」が潜んでいたに違いない。
聖なる山プノム・クーレンの山中にはたくさんの遺跡が眠っている。これはそのひとつ、トマ・ダップの壁面装飾。装飾は祠堂のレンガの壁面に直接刻まれている。 このようにレンガを刻むやりかたはチャンパにも見られたし、プレ・アンコール期の都ボール・プレイ・クックの建築群にも例がある。素朴で荒々しいが、力強く、そのモチーフはその後アンコール期を通じて連綿と続いていく植物系の連続模様である。
これもトマ・ダップの装飾のひとつ。まぐさ装飾だが、壁面のレンガから直接削り出されている。白い色はおそらくカビの一種。まぐさのデザインは時代を同定する基本的な建築要素のひとつ で、時代を如実に反映している。図像学の専門家ならば深読みもできるだろうが、私は単にそのデザインとしてのユニークさに注目する。このまぐさ彫刻はおそらく祠堂が建てられる最後の工程として、(地上で部分部分が刻まれた後に取り付けられたのではなく)本来の位置で刻まれた。決して失敗しない職人の技だ。
プレア・カンはアンコール・トムのすぐ北側に位置する荒廃したバイヨン様式の巨大遺跡である。この様式にしばしば見られるように、装飾は多少荒っぽくて精緻な印象に欠けている。 写真は壁面に刻まれたごく浅いレリーフ。線刻と呼ぶべきだろうか。図像はヒンズー教の修行僧を表している。 これほど浅い刻みであっても、光の当たり具合によって深い陰影が作り出される。
これもプレア・カンの壁面装飾のひとつ。このパターンはプレア・カン以外の遺跡でもしばしば見られる。 壁面自体がそれほど平らではないので文様は波打っているし、工作精度もたいしたものではない。この例は極端だが、アンコールの建築の細部はミクロ的に見ればそれほど精緻ともいえない。しかし建築全体として比類のない装飾密度と精度を実現しているのは確かだ。考えてみればこれらの装飾は大した道具も使わず、またおそらく経験だけに依存して、職人たちが作り出したものだ。
アンコール期最高のレリーフはバンテアイ・スレイにある。信じられないほど深く精緻に刻まれたレリーフを支えている高度に洗練された美意識に少し異様 な雰囲気を感じるのは私だけだろうか。 また、ここにあるのは単に高度の技術だけではない。「美の集中」もある。小さな祠堂に意識と技術がおそろしい質と量で集中している。
ロリュオス遺跡群にあるプレア・コーの祠堂壁面には漆喰の装飾が残っている。砂岩を表装材として使い、そこに装飾的な浮き彫りを施す技術が開発される以前には、レンガ作りの祠堂に漆喰を塗り、そこに装飾を施す この工法が一般的だった。精巧な装飾が比較的簡単に作れたために採用されたが、耐久性の低さのために廃れてしまったこの素材(=漆喰)の持つ風合いはなかなか良い。 今はかなりの部分が剥がれ落ちていて、この工法の欠点を明らかにしている。
アンコール・ワットはレリーフ装飾の宝庫だが、これはその中でも最も薄いレリーフのひとつ。まるで織物の模様のようである。 薄いレースで石の表面を覆ったようでもある。
アンコール期最大級の石橋、スピアン・プラプトスの橋脚。橋脚の間隔は狭く、クメール文化が真正アーチを知らなかったか、なんらかの理由で採用しなかったために、上部はせり出し構造のコーベルアーチになっている。 材料はラテライトだから細かい細工などは施すこともできないが、素材の質感は実にカンボジアの大地を感じさせる。事実、この素材は大地を割って切り出されたものだ。

 

 

 
連子窓の作り出す光と影はアンコールの基本的な美のひとつである。連子が単なる円筒形だったら(実際、断面の変化が少なく、円筒に近い連子も存在するが)、遺跡の風景はだいぶ違っていただろう。円筒を回転させつつ削り出したように見える複雑に変化する断面とその表面を覆う細かな装飾的線刻。我々はおそらくここで間違いを犯す。膨大な数量にのぼる連子はまるで工場で生産された工業製品のように見えるが、これらすべてが手で削りだされたものだ。写真はバンテアイ・サムレの重厚な連子窓。
バンテアイ・スレイの壁面装飾は俄(にわ)かには信じられないほどの密度と精度を持っているが、ここでは「開かない扉」について語りたい。これは単にデザイン上の均整を保つために設けられたのかもしれず、また更に深い意味を問いかけているのかも知れず、浅学な私にはその意味は計り知れない。しかし私の限られた知識に基づく理解では、クメール建築の内包する意味は常に重層的である(この傾向は建築だけではない)。ともあれ、「開かない扉」がその前に立つ我々に深く問いかけていると考える時、遺跡で過ごす時間はなかなかスリリングだ。
ロリュオス遺跡群プレア・コーにひとつだけある経蔵の窓のデザインは、クメール建築における「窓」の変遷の初期に位置する。レンガの壁面に空けられた穴は小さく、格子状に配置されている。壁面の強度の低下を恐れたためかもしれない。
アンコール遺跡で風化していないデヴァターを見つけるのは楽ではない。多くは風雨に晒されているし、経年変化もある。その中でアンコール・ワット中央祠堂基部にあるデヴァターは、これがまったくオリジナルな状態だということはできないにせよ、どれも状態がいい。特にその花冠が素晴らしいと私は思う。石の花だ。
クメール建築のモチーフのひとつに「空中宮殿」がある。英語ではFlying Palace という。プレ・アンコール期の遺跡であるサンボール・プレイ・クック遺跡群のほとんどはレンガ造りだが、その壁面に多く見られる。まるで建物の壁面を飾る紋章のようである。
 
 
   

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