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私が高校生だった頃、メディアや、私たち高校生の会話の中にも「PKO」という言葉が飛び交っていた。でも、高校3年生の私には目先の受験のことが最大の関心ごとで、日本から遠くはなれた東南アジアの小さな国の平和なんてどうでも良かった。 しかし、いま思えば、これが私とカンボジアとの初めての出会いである。その後、大学に入り、私の関心ごとは違うものへと移っていった。そして、カンボジア、PKOという言葉は、高校生の頃の世の中の関心ごとの1つとして、そのまま記憶の片隅に置き去りにされたままの状態になっていた。 月日は流れ、ある時から、ひょんなことで、カンボジアやカンボジア人とかかわることになってしまった。 そのとき、私の頭に思い浮かんだものは、やはり「PKO」であった。わたしにとってのカンボジアのイメージは、それ以上でも、それ以下でもなかった。恥ずかしながら、アンコールワットなんていうものさえも知らなかった。だから、カンボジア人との交流が進めば進むほど、カンボジアに対する無知さを情けなく思った。 自分でも、これでは駄目だと思い、カンボジアに関するさまざまな本を読んでみた。歴史、地理、経済、政治、写真集、ガイドブックなどさまざまなジャンルのものを読んでみた。やっと、私の頭の中に、カンボジアという国のイメージがつくられた。でも、それ以上を求めようとしても、私の貧弱な脳では、活字からのイメージには限界があった。「じゃあ、カンボジアへ行ってみよう。百聞は一見にしかず、だ。」 カンボジアという国のもつ負のイメージに戸惑いはあった。だが、それよりも知りたい、見てみたいという欲求がそれを上回った。私のカンボジアの友人たちが語る、彼らの国が見たい。そして、自分の体験を彼らに語りたい。そんな気持ちが私の戸惑いを打ち消してくれたのだ。 私はカンボジアへ旅立った。私のファーストカンボジアは、シェムリアップである。私の多くのカンボジアの友人が住み、そして彼らが誇り続けるアンコール遺跡群のお膝元の町である。 シェムリアップの町は活気にあふれ、人々は暮らしていた。町のいたるところから彼らの生活の匂いがする。日本では味わうことができない、生活臭。その匂いは、良くも悪くも「生きている」という言葉に直結しているようだった。 私は、友人たちのお国自慢に必ず出てくるアンコールワットへ訪れた。 パイナップルみたいな3つの塔(実際は5つ)が私を出迎えてくれる。「デカイ!!」。シェムリアップの町の、小さな家や建物がひしめき合う光景とは対照的に、広大な敷地の中にある石の巨大建造物。何百年もの間、この場所に鎮座し、この国の行方を見守っていたのだ。彼は、アンコール王朝の栄枯盛衰も、民衆が上座仏教寺院として参拝に来るようになったのも、ちょんまげ頭の日本人がやって来て、柱に落書き残したのも、フランス人たちがやって来て、修理を始めたの も、そして、彼を造ったクメール人の子孫たちが、銃口を向けようとしたのも全て見てきたのだ。 悠久の歴史の流れの中で、時には美しく、時には密林に埋もれそうになりながら、われわれ人間の営みを見つめてきた。そんな、アンコールワットの前では、人間なんて本当に小さいなって思った。 私は、中央祠堂に向かって、階段を一段、また一段登っていった。 途中で、上を見上げてみた。そこから見たてっぺんは、最初に見た中央祠堂が視界から消え、澄み渡る青い空だけだった。 青空へ向かって階段を登っていく自分は、まるで天国に登っていくような気がした。登りきって辿り着く先は、神々が住む宮殿。アンコールワットは、私たち人間に、少しの間だけ、神様に近づくチャンスを与えてくれているのかなって気がした。 アンコールワットを造った王様は、自らを現人神にたとえ、神々の世界を造り出したといわれているけれども、本当は、ちっぽけな人間である王様が、ものすごく大きな存在である神様に会いに行きたかったんじゃないだろうか。 青空に向かって階段を登り、神様が住む世界へたどり着き、国の安泰、人々の平和といった彼の願いを神様にかなえてもらうために、王様はアンコールワットを造ったんじゃないだろうか。 全然、根拠も無い、私の想像だけど、偉大な現人神の王様が、自らの力を示すために造ったというよりも、ちっぽけな人間である王様が、神様に近づきたくて、お願いをかなえてもらいたくて造ったっていうほうが、友人たちに怒られてしまうかもしれないが、王様の人間臭さがもろに出ていて、王様に親しみさえも感じられる。 そして、もしそうならば、階段を登り、中央祠堂へ向かうとき、私たちも王様と同じ気持ちが味わえる気がする。 以上が、初めてカンボジアのシェムリアップ、そしてアンコールワットを訪れたときの感想である。 その後、カンボジアへの興味が増し、毎年訪れるようになった。その中では、何もかも新鮮に感じられた初めての時とは違い、とても悲しくなるようなことや、頭の中にクエスチョンマークが、というよりも「なんでだろう」を歌いたくなるようなこともたくさん見えてきた。 「世界遺産」、「聖地」、「子供たちの笑顔」、整備された道路、ホテルの建設ラッシュなどなど、ほんの10数年前までカンボジアがもっていた負のイメージを払拭するかのような言葉や、出来事を私たちは耳にし、目にすることができる。それはとても良いことだけれども、まだまだたくさんの問題が残っている。 そして、悲しい気持ちや不快感を味わうことも多々ある。だからこそ、私たちは、「アンコールワット」のように、良いことも、悪いこともすべて見守れるような、そんな態度でカンボジアへ訪れることが大切なのかもしれない。 |